玉木宏樹の言いたい放題2002年-1999年
《言いたい放題 2002/12/10版》
〈東京の地下網を暴くとても怖い1冊〉
秋庭俊の『帝都東京・隠された地下網の秘密』(洋泉社、1900円)は、久しぶりに読んだとても怖いノンフィクションだ。私は無類のテッちゃんだから、秘密の地下鉄なんて言われると、どんなトンデモ本でもとびついてしまう方なのだが、この本の執拗なまでの追跡のリアリティぶりには、興味を通 り越し、最後の方はまともに読む気にもならない。といっても、荒唐無稽だからではない。この本が事実ならば、我々は一体、東京という都市をどういう風にとらえていたのだろう。そういう自分のIDさえあやうくしかねない本なのだ。
私自身、かねがね東京の地下鉄の変な所には少し気付いていた。ひとつはこの本の中でもしばしばとりあげられている赤坂見附駅の構造で、あのように乗り換え便利な2線共用ホームは戦前に既に完成していた。まあ、それが戦後に引き継がれただけなら、なんでもないのだが、現実はそんな簡単な事ではないようだ。また、私がとても変だと思ったのは、戦後多分3つ目の地下鉄、日比谷線のトンネルの老化と駅の荒廃ぶり。特に10年くらい前の六本木駅はとても汚く、壁が剥げ落ち、水漏れも多く、とてもじゃないが戦後に新しく作った駅には見えなかった。いいように解釈(?)するなら、東京五輪に無理矢理間に合わせる為の手抜き突貫工事だったのか……。
これに類比したトンデモ本に過去、熱中したことがあった。それはたしか、レオナード著『それでも月に何かがある』という題名の本で、NASA発表のとても不鮮明な写 真をこと細かく分析し、このギザギザと凹凸は宇宙人の工事現場だと証明していく本だが、秋庭氏の本も少しそれと似たところがあり、国土地理院等の地図を詳細につぶしていく様がすさまじい。レオナードの本は所詮トンデモ本であり、うまくだまされたいという気分にはなるが、本著は心底怖い。
とりあえずは読んでいただくのが先決だが、何ヵ所か引用しておこう。****************************************
――その後、この駅(国会議事堂前)の図面に旧漢字が使われていると気がついた。『建設史』は上・下巻で千ページほどになるものの、「國會」「議員會館」など、旧漢字が出てくるのはこの図面 一枚だけだった。
だからといって、旧漢字だけで私は何かを証明しようとは思わない。ただ、仮説を立てるうえでの指針にすることはできた。
おそらく丸の内線の設計士はこの図面をほかの設計士から受け取っている。それだけに書き直すこともできなかった。つまり、この駅は戦前からここにあり、丸の内線の建設時、内装に手を入れて路線の一駅として取り込まれた。〈『帝都東京・隠された地下網の秘密』33ページより〉――丸の内線のなかで最も深い駅が国会議事堂前ということになり、ホームがあるのは「B2」、地下一二メートルになるのだという。
だが、その後に建設された千代田線の国会議事堂前駅は「B6」、地下三八メートルに駅があった。設計士がムダに深い駅をつくるはずもなく、「B3」「B4」「B5」には、おそらく何かがあったということなのだろう。
この地下三八メートルという駅の深さは、かなり長い間、日本一として知られていた。〈同・34ページより〉――いま、営団地下鉄は人員削減をテーマにしていて、南北線などは一つの駅に一人の駅員しかいない。ところが、この千代田線・国会議事堂前だけはどうやら別 格の存在らしく、十五人のベテラン駅員に加えてエース級の管理職まで顔をそろえているという。〈同・35ページより〉
――「このさきは調査中だけど、たとえば、千代田線の線路図どおりなら、丸の内線と千代田線は山王下で交差してる。いま、そこには南北線の溜池山王駅がある。で、地下鉄っていうのは、普通 は、新しいほど深いことになってる」
「古い線路の下へもぐるからな」
「ところが、この溜池山王では、三十年後に建設された南北線のほうが、千代田線より上にある。しかも、千代田線がここを工事してた頃、南北線の建設は決まってなかったんだ」〈同・44ページより〉――『国会図書館三十年史』には、第一期工事終了時のフロアーの数、面積などが記されている。それによると、一階の下には中地階、地階があり、その下は第三層、第二層、第一層とされていて、この層には「既設」と書かれている。各層の面 積は二、〇〇〇平米以上あるものの、建築の事典では図書館本館は地下一階とされている。
一九三六年(昭和十一)、日独防共協定が結ばれ、外務省はドイツ大使館に地下五階の大防空壕を建設したという。国会図書館はその跡地に建設されているが、「既設」というのはそれとは別 のものだろうか。
一九九三年(平成五)、国会図書館の新館が完成している。地下八階まであるということで当時のマスコミをにぎわせたものの、地下五階以下に到達した記者は一人もいないようだ。マガジンハウスの編集者などは十年も取材を申し込み続け、いまだに許可が出ないという。
「書庫しかありませんから」「それでいいんです」という不毛な会話は一〇〇回を超えていると変な自慢をしていた。
図書館本館の受付カウンターには「真理がわれらを自由にする」と大書されている。これで半分くらい自由になったということはないだろうか。〈同・75〜76ページより〉――「大江戸線はね、昭和の宿題だったんですよ」
都営地下鉄のOB氏が突然、そんなことを言いだしたことがある。
東京のそこかしこに残っている地下鉄と地下道を処理するために、特別な委員会が設けられた。直角に掘り進められるシールド機があれば、地下処理もムダにならず、そのまま新しい地下鉄の路線にできる。委員会はそんな中間報告を出してはいたものの、そんな技術は今回かぎりのことで、メーカーが製作を嫌がっていた。そうでなければ、ゼネコンの大成建設がシールド機の開発なんかしないということだった。
鉄道であることより地下処理を優先したなら、車体が小型だからトンネルは壊さずに済んだ。戦前の広軌の線路をそのまま使うこともできた。大江戸線の線路の何パーセントが地下処理だったのかと尋ねると、
「全部です」
OB氏が微笑した。〈同・97〜98ページより〉――『千代田線建設史』にはすでに南北線の溜池山王駅が描かれていた。南北線のほうが新しく建設されたにもかかわらず、千代田線のほうが南北線の下をくぐっていた。このように南北線には普通 なら起こらないようなことがいくつか起こっていた。おそらく地下鉄関係者が「7号線」と決めたからには、それなりの理由があったということで、政府が急に建設の順番を変えたため、いろいろと矛盾が現れているのではないだろうか。〈同・188ページより〉
――じつは、丸の内線と有楽町線の支線はいま「未供与」とされている。これは政府関係者は利用しているものの、まだ、一般 には開放していないという意味になる。私はようやくその地図を手に入れたので、是非、掲載したいと思っていたが、これを出すと本が出せなくなるだろうと言われ、結局、割愛せざるをえなくなった。おそらく他の出版社から差し止めの請求が出されることになるのだという。
その日、私は、護国寺から目白台へと散歩した。目白台から雑司が谷二丁目、三丁目にかけては早足で歩いた。この間の歩道には換気口のようなものが鉄板でフタされていて、その上にのると金属音が長く響いた。〈同・230ページより〉
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《言いたい放題 2002/11/8版》〈ブッシュに反対する署名運動〉
我々J-scatの仲間の作曲家・櫻井順さん(ある時は作詞家・能吉利人氏)が事務局長をつとめる?「ブッシュ政権のイラク攻撃を止めさせる緊急アピール」という署名運動がたち上がっている。
私は本来、群れることがきらいで、群れたような署名もきらい。
だから、「反核音楽家」の集まりにも参加していない。
しかし、今回は、群れなくてもいいようだし、しばりもなさそう・なんだか「ユルフン」みたいなので、私は安心して参加する。もちろん我々がいくら吠えても、ブッシュには関係ないが、どこかで態度表明しとかないと寝覚めが悪いと思う方は、下記のURLへどうぞ。
とにかく、どこかが(やはりアメリカじゃ!)勇気を持って力の連鎖を断たないと、ますます訳が分らなくなり、不特定多数の集まるコンサートなんて、格好の標的にされてしまう。
あゝ、こわっ、こわっ、こわっ………。---------------------------------------------------------------
※ 署名運動TOPページ
http://www.brain-jack.com/f-0210_sign.html(以下記述のURLは、↑のURLよりリンクしています)
※ U-MAIL(ウンコ通 信)2002/10/11(桜井・記事ページ)
http://www.brain-jack.com/u_mail/u_20021011.html※ 「ブッシュ政権のイラク攻撃を止めさせる緊急アピール」本文
http://www.brain-jack.com/u_mail/u_20021011-2.html※ 賛同者FAX用「署名用紙」(PDFファイル)
http://www.brain-jack.com/u_mail/u_mail021011-sign.pdf---------------------------------------------------------------
※ パレスチナ関連記事【U-MAIL(ウンコ通 信)2001/11/14】
http://www.brain-jack.com/u_mail/u_20011114.html
《言いたい放題2002/8/30版 》〈やめてくれー! タマちゃん騒動〉
海外におられる人たちにはピンと来ない話題かも知れないが、8月の初めころ、東京は多摩川に、アザラシが1頭現れ、大騒ぎ。推定2歳位 のアゴヒゲアザラシ。オホーツク近海から群れと回遊中に仲間とはぐれたと見られている。それからは毎日毎日、テレビで大騒ぎ、ついにはNHKまで追っかけるほどの「マジネタ」になり、ついに「タマちゃん」と命名された。実になげかわしい現象で、テレビのワイドショウでは断トツの放映時間。
私は名前が「玉木」なので、仲間からは「タマちゃん」と呼ばれている。毎日「タマちゃん」の連呼で、ワタシャ大迷惑。エエ加減にせんかいと思っていたら、やがて「タマちゃん」はいなくなった。1週間くらい経ち、騒ぎも下火になりホッとしていたら突然、今度は日本でも最悪に汚い河川の「鶴見川」に再び現れたので、またもや、前にも増しての大フィーバー。今度は「ツルちゃんだ」いや「タマちゃんだ」とくだらない論争。ワタシャ、自分の頭を指して、陰では「ツルちゃん」と呼ばれているのも知っているので、どっちにしてもケッタクソ悪い。なんでこんなことで大騒ぎするんじゃ大バカ者! と怒ってみても、160年前の江戸でもアザラシ騒動があったらしく、国民性は変わらんもんじゃなあ。
〈下品同士、高市早苗と田原のバカ論争〉
一時はどこのテレビでも住基ネット問題がうるさかったが、最近は全くのドッチラケ。私は、この問題ではイの一番に神経質になるのは部落解放同盟だろうと思っていたが、何らの反応もない。へんだなあと思いつつ、私は杉並区の住人なんで、横から見ていたら、最近は全く話題にもならず、テレビ朝日のサンデープロジェクトの靖国問題で、自民党の高市早苗氏に対して、田原総一郎が、「無知、下品、そんな顔つきが」と、とんでもない下品なイビリを見せ、大騒動に。
私はその番組はじっくり見ていた。みんな気づいていないことをひとつ。
田原氏は高市早苗氏に対し、最初は普通に接していた。ところが、ある瞬間、話を進めようとして彼は「あのなあ」と言ってしまい、生本番であり、彼自身、自分の下品な言葉にうろたえ自分の下品さを隠す為に、高市氏に「あんたは下品だ」とホコ先をすりかえ、懸命になって自分の下品さを隠そうとしたが、すべては失敗、彼自身の底知れない下品さが露呈した。あの一件は、田原氏の自己崩壊なのだ。たいしたことではない。だから高市さんも泰然としていればよろしい。
《言いたい放題2002/8/22版 》〈ヨーロッパ洪水のウラにひそむ大危険〉
欧州に未曾有の大洪水が襲ったが、テレビでは、プラハのカレル橋や、ドレスデンの地下鉄全滅、動物園崩壊、アザラシ救出劇など、映像的にインパクトのあるところばかり放送し、ウラにひそむ大危険を一向に伝えない。
私の危惧は、まだ誰からも聞いたことのない事だが、私自身は非常にキナ臭い危険性を感じる。ドナウ河の大氾濫は、河辺の重工業地帯全滅だけでなく、工業汚染物がドナウ近辺を襲い、大危険地帯となる。しかし、まだこんなのは表面 的で、黒海沿岸でもかなりの人間が死んだらしいが、いちばん危険なのは、ウクライナとベラルーシ。どうやら、ベラルーシもかなりの被害が出ているようだが、そのベラルーシとウクライナの国境地帯には、あの「チェルノブイリ」がある。あの大雨に対し、チェルノブイリがどうなったか、いやいや、最近だって、どうもチェルノブイリのその後は封印されたままである。
私はソ連崩壊の直接の原因はチェルノブイリだったと思っているが、今後も、チェルノブイリの原子炉をなだめる為には、ものすごい量 のセメントをばらまき続けなければならない。その量と金の為にソ連は崩壊して白旗を振り、レイキャビクでゴルバチョフはレーガンに全面 降伏した。あの時のテレビに映ったゴルビーのはしゃぎよう。レーガンの周りをぐるぐる回って、「指切りだもんねー」と何回も念を押しつつ、媚を売っていた。
そんな量と金を喰うチェルノブイリに大雨が降ったら、どうなるんだろう……。また、ドイツは原電でご用済みになったプルトニウムを、地下何千メートルの頑丈な岩塩洞窟に捨てている。ドイツ人たちは、これが一番安全だと胸を張っているが、そんな所へ大雨が流れ込んだらどうなるのやら。どうぞ、ヨーロッパのディープの部分を御存知の方は、情報を教えて欲しい。
《言いたい放題2002/7/31版 》〈32年前の日活映画〉
先日、私の掲示板に、1970年代の日活映画『新宿アウトロー・ぶっとばせ』を観てきた人の書き込みがあった。私が27の時に音楽を担当している。さっそく私も観に行ってきた。
懐かしいというよりも、なんか気恥ずかしい。まあ、その感想は掲示板を見てもらうとして、今も中野武蔵野館で復活上映されている藤田敏八監督作品集のレイトショー。その中の3本は私が音楽を担当している。日活がロマンポルノにならざるを得なくなる寸前の最末期。もう予算も時間もない異常状態での進じられないような音楽録音風景。私の拙著『猛毒クラシック入門』より引用してみよう。************************************************************
●絶体絶命・眠ってしまった藤田敏八監督仕事にもだんだん慣れてくると、こういうせめぎあいが逆に楽しくなってきたりしたものだが、ある作品ではまったくそんなことをするひまもなく、監督に全面 降伏したことがある。それは、藤田敏八監督の「野良猫ロック」シリーズの中の1本だった。
いよいよ末期症状の日活としては、ついにセットなし、すべてオープンロケ、制作も外部発注という過酷な状況に追い込まれてしまったのだが、何よりも悲惨だったのは、その映画が7月公開というタイミングだった。
内容は湘南海岸を舞台にしたワルガキ青春群像なのだが、なにしろ時期が悪い。クランクインしたのが梅雨の真最中の6月だったのだ。毎日々々雨の連続で、撮影予定はめちゃくちゃになり、予定していた音楽打ち合わせは何度も流れてしまう。それでも仕上げの期日はどんどん迫ってくる。デッドラインから逆算すればしぜんに音楽録音のギリギリの日も算出できる。
何度も何度もフラれた末に、ついに最終的(といっても実は第1回目)音楽打ち合わせは、なんと録音前日の夜6時ということになってしまった。翌日の録音は定時スタートの朝9時である。6時から3時間打ち合わせに使ったとして、残りは12時間しかない。しかし文句を言ってはいられない。私は覚悟を決めて、6時少し前から目黒のスタジオでスタンバイした。ところが1時間たっても2時間たっても撮影クルーは帰ってこない。時間はようしゃなく過ぎ去っていくのだが、かろうじてとれた連絡でも、「とにかく撮影がのびてまして」という言葉しか返ってこない。スタジオの前にとめる車のエンジン音のたびに、血圧を上げ下げしながらついには怒りもさめてしまった11時過ぎに、やっと監督たちは帰ってきた。
さっそく出来上がっている部分だけのラッシュ試写をやる。明朝、録音だというのに絵は4分の3くらいしか出来上がっていない。
とにかくギリギリ最低必要な撮影は終えてきたので、作品としては完成できるという、冷汗ものの綱渡りスケジュールの中でラッシュを見終え、さあこれから肝心の音楽打ち合わせという段になって、助監督たちはあたりかまわず横になってグーグーいびきをかきだす始末。本来なら同席していなければならないSEの人もいないし、結局は、監督とスクリプター(映画全体の記録をとり、すみずみまで進行を把握するという大変重要な仕事で、女性専業)と私だけの打ち合わせになってしまった。
それでも最初のうちはいつも通りにここは要るかどうかなどとやっていたのだが、どうも打ち合わせのスピードがはかばかしくない。徹夜続きの疲れ切った監督の思考能力は限界に達しているのだ。こりゃあだめだ、無駄 な抵抗するのはやめようと思ったころには、本来絶対ありえない状況が起こってしまった。スクリプターまでが舟をこぎだしてしまったのだ。
私は焦ってしまった。言われる尻から、「わかりました」と、台本に音楽指定の線を引っ張って行く。そしてどんどん時間は過ぎ行き、2時もこえるとついには監督までがコックリを始めてしまった。緊張し切って起きているのは、ついに私ひとりになってしまったのである。もうこっちは必死で監督の肩を揺さぶって、「つぎはどこですか、監督、起きてください、ここに入れますよ」と大声で言うと、ほとんど眠ったままの眼でうなずくだけである。そんな状態で指定の終わった音楽を数えてみると、40曲にもなっていた。 けっきょく打ち合わせが終わったのは3時を過ぎていた。
そして朝9時から録音である。普通ならば絶対にまにあわない。しかし私はこういうこともあろうかと、ボチボチ台本上だけで事前に作曲しておいたからなんとかなるにはなったのだった。
4、5時間眠っただけでも監督は朝から元気いっぱいだった。そして彼は「玉木ちゃん、ちょっと」を連発する。つまり音楽が違うんではないかというお叱りのようなものである。しかし「何をいうか、いい気なもんだ」という怒りは覚えなかった。ただ単にすべての面 でのタフさに驚かされただけであった。
************************************************************なんとも、スサマジイ。でも今となっては、こんな録音方法はない。当時はどんなことがあっても、録音現場では音楽ロールを映写 しながら、指揮者がタイム合わせをしたものだった。
また思い出したら書いてみよう。
《言いたい放題2002/7/12版 》〈ハンガリー映画『ヴェルクマイスター・ハーモニー』について その2〉
この映画で、老音楽家エステルが、唯一、ヴェルクマイスター批判をしている所を引用してみよう。
********************************
「恥ずべきことにこの数世紀の音楽作品の音程はすべて偽りであり、音楽もその調声もエコーも、その尽きせぬ 魅力も、誤った音声に基づいている。大多数の者にとって純粋な音程は存在しないのである」
「ここで想い起こすべきことは、もっと幸福だった時代のこと。ピタゴラスの時代だ。我々の祖先は満足していた。純粋に調声された楽器が数種の音を奏でるだけで。何も疑うことなく、至福の和声は神の領分だと知っていた」
********************************この言い分は合ってるとも合ってないとも言えない。言いたいことは別の所にあると思えるからだ。
この映画を解き明かす最大のキーは、警察署長の酔っ払い踊りの「ラデツキー行進曲」で、署長の子供たちも回転の狂った「ラデツキー行進曲」で馬鹿騒ぎをする。とても醜怪でいやな場面 。なぜ、ラデツキーなのか。これは、ヨハン・シュトラウス父の作曲だが、ハプスブルグ家の象徴であり、ハンガリーを併合した(何やら日韓みたいだな)大帝国の凱旋行進曲である。この醜怪なマーチ(私は昔から、この曲は嫌いだ)こそ、ハプスブルグ、ウィーン、西欧、平均律世界の残酷性であり、タル・ベーラがどれほど音楽に詳しいかは分らないが、バルトーク・ベーラやコダーイによって発掘されたマジャール音楽は、西欧とは全く違い、東洋的メリスマの世界であり、12の鍵盤には割り付けられない、微少音程そのものの世界である。このラデツキー行進曲の位 置づけが分らない限り、この映画を理解したことにはならない。ネット上でいろんな解釈や感想を読んだが、殆どの人は広場に現れたハリボテ鯨のことばかりを話題にしているが、あれは単にハンガリーに存在しないものの象徴にしかすぎない。この映画の一番醜怪で記憶に残るのが、暴徒の病院襲撃シーンだ。どんな正義があろうと、暴動の醜怪さを描き切ったのは、このシーン以外にはないだろう。体制に頼らざるを得ない弱者をなぶるのが、暴動の神髄だ。
最後に、この映画の最大特徴である、気だるい退屈な長廻しについて。タル・ベーラは長廻しの理由をきかれて明解に答えた。
「編集室に入るのがイヤなんだ」
まさに名言。私は多分、世界でも屈指の初見能力があるが、これは何を隠そう、ヴァイオリンをさらうのがイヤだったからである。
《言いたい放題2002/7/9版 》〈ハンガリー映画『ヴェルクマイスター・ハーモニー』について その1〉
ハンガリーのタル・ベーラ監督のモノクロ大作『ヴェルクマイスター・ハーモニー 』を観てしまった。本当に観たのではなくて、観てしまったという感じである。なに せ、2時間半かかる中身がたったの37カットという超長回し。途中で何度も寝たし、 トイレにも立ったが、ストーリーを追う映画でもないので、無関係。観ている間は、 あまりの退屈さに腹が立ち、時間を損したと思っていたが、観終ったら、物凄い達成 感に襲われ、完全にタル・ベーラにしてやられ、未だにショックから立ち直れないで いる。
もちろん、タイトルからして、これは観ておかなきゃと思ったのは当然だが、この 映画は、音楽映画ではなかった。
ヴェルクマイスターという名前を御存知ない方の為に簡単に書いておくと、純正律 からミーントーンを経て、24の長短全ての調が演奏できるように、工夫に工夫を重ね た調律法を確立したのが、ヴェルクマイスター第III調律。バッハの「平均律ピアノ 曲集」と誤訳された調律法で、ヴェルクマイスターはバッハの親友だった。彼の調律 はもちろん今の平均律とは全く違うが、「不等分平均律」などという訳の分らぬ呼び 方をされることもある。やがてキルンベルガーの改良等を経て、平均律の世の中にな って行く。タル・ベーラ監督は、「ヴェルクマイスターの平均律は最大の妥協である 。しかし、これなくしてバッハの“クラヴィア曲集”は今に残されなかった。ヨーロ ッパ文明は妥協の産物である」と書いている。
もちろん、ヴェルクマイスターが平均律を作ったわけではないが、メタファーとし ては正しい。
オウム事件で叩きのめされた宗教学者、中沢新一氏がパンフレットに次のように書 いている。[――前略――世界中いたるところ、どんな小さな領域にいたるまで、現代はヴェル クマイスターが17世紀に発明した音程によって、調律されてしまったように見える。 そこでは人間の自然な生理にしたがって、音を聞き取り、その感覚をもとにして自然 につくりだされた純正律の音程をつかって、音楽をつくることなどがますます難しく なっている。純正律を聞き取れる耳は感覚のカオスの海中にできた小島のような音程 の体系を、生み出すことができる。しかし、そこから別の音程の小島に飛び移ってい くためには、いったんカオスの海中にからだを浸して泳いでいかなくてはならないか ら、どうしても移行の中間状態では、汚いノイズが発生することになる。まるで海中 から巨大な鯨が浮上してくるように、その中間状態ではむきだしのままの「自然」が 、ノイズとなって姿を見せることになるからだ。
ヴェルクマイスターにはじまる調律の努力は、この危険な移行の中間状態に発生す るノイズを、聴き取りやすいかたちに変えてしまうことで、純正律の小島どうしをス ムーズにつないでしまおうとしてきた。各国ごとに違う通貨を交換する取引所がした がうべき、国際ルールと同じものが、音楽の領域でも確立された。そして、それ以後 音楽が「平均律」で調律されるようになると、世界そのものまでさまざまなタイプの 平均律によって調律されるようになる。自然な感覚をもとにしてつくられる体系は、 固有の文化をつくりだす。しかし、ヴェルクマイスターにはじまる世界を調律された 巨大なピアノにつくりかえてしまおうとする運動は、固有文化を壊したり、骨抜きに してしまうことによって、私が生きているこの世界をつくりだしたのだ。だから「グ ローバリズムの原理」をひとことで、詩的に表現するとしたら、それは「ヴェルクマ イスター・ハーモニー」なのである。
人々がまだ純正律によって生きていた頃の記憶を保ちながらも、西ヨーロッパに発 達した平均律的に世界を調律していくための、生活様式や経済と政治システムの急激 な浸透にさらされているハンガリー。そこではまだ移行中の中間状態を消し去ってし まう「ヴェルクマイスター改革」は徹底化されていないために、そこここにノイズの 発生する空き地が取り残されている。そのハンガリーの片田舎の町の広場に、移動サ ーカスが立ったのだ。サーカスはすべての移動するもの、中間状態を変化していくも の、「自然」の力に生(なま)で触れている感覚にかたちをあたえ、それにこの世で のつかの間の生命をあたえようとする場所だ。そのために、平均律的に改造されつつ ある豊かな社会からはじきだされてしまった人々、捨てられてしまった貧しい氏人々 の敏感な嗅覚は、そこにあいまいだが強烈な力を発する解放者の臭いをかぎ取った。 巨大な張りぼての鯨を連れて広場にあらわれた「プリンス」は、調律された世界か ら捨てられた貧しい人々を扇動する。おまえたちは平均律によって調律された世界に とっては、もはや無価値を宣告されたノイズにすぎないのだ。――後略――]
少なくとも彼の解釈は正しい。オウム事件とは無関係に。
病院襲撃、ラデツキー・マーチ(多分、この映画を解き明かす最大のキー)、長回 しワンカット、書きたいことはまだあるので、次回に。
《言いたい放題2002/6/10版 》〈東ティモール独立問題、週刊新潮……〉
ひと月位前の『週刊新潮』で、「オペラの振れない小澤征爾」の実態が詳しく暴露 されており、ついでに、ワルツも振れないということの内幕も書かれていた。私は早 速それをコピーし、桐朋の講義で配ったところ、かなりの失望と、『週刊新潮』への 怒りの反応があった。私は、敢えて小澤ブームに冷や水をかけたくもないので、詳し くは書かないけれど、小澤征爾がオペラを振れないのは有名な話で、本人も自覚して いる。
日本人は、指揮者の存在を何か誤解しており、ステージでシンフォニーをカッコ良 く振るのを指揮者と錯覚しているところがある。しかし、オン・ステージのオーケス トラ演奏というのは、本来、オペラの伴奏ばかりさせられているオーケストラへ、オ フ・シーズンだけ脚光を浴びる場所を与える儀式のようなもので、指揮者の本来の仕 事は、オペラの伴奏が本業なのである。『週刊新潮』は、別に悪意をもって書いてい るのではなく、ただ事実だけを書いているのだが、これ以上は書かない。
さて、『週刊新潮』で最近、一番後ろのページに、「変見自在」という帝京大学教 授・高山正之氏の連載コラムが始まった。先週が5回目で、私は初めて読み、あまり の面白さの余り、みなさんにお知らせしたいと思った次第である。
それは、東ティモール独立問題。私は前々から、なぜあのようなチッポケで変則的 なポルトガル植民地が、インドネシア帰属を嫌い、独立したがるのか理解できなかっ た。あの辺りに石油の鉱脈が発見され、近くの海峡が地政学的に言ってアメリカ海軍 の生命線になる、という話はきいたことがあったが、それにしても、西ティモール( インドネシア領)とは全く人種が違うのかどうかさえ分らず、そんな、普通なら絶対 に維持できない独立を世界中(?)で支え、しかも日本の援助額が一番多いのにも拘 わらず、グスマン(変な名前)大統領の独立援助の国々への謝辞にも日本の名前はな かった。そんな数々の変な事の本当の意味が、このコラムによって一挙に氷解した。 西ティモールの独立派は、やはり、違う人種だった。
400年に及ぶポルトガルの植民地政策とは、駐留した兵士に、自前の軍隊を維持す る為に現地の女性を姦し、混血を促すことだった。そして、生まれた子供に「グスマ ン」等のヨーロッパ姓を与えた。だから、独立派のマインドは完全に白人寄りであり 、現住島民が誰も話さないポルトガル語を公用語にしている。いまや重大な石油資源 確保の為、本来インドネシア統治になるはずの狭い区域をわざわざ独立させ、反イン ドネシア・親オーストラリア政府を樹立させてしまった。インドネシアの中に西欧資 本の植民地国家が新たに誕生した、そんなムリヤリの独立に、一番たくさん金を出さ され、グスマンからも別に感謝もされない小泉政権ってなんなんだろうね。
《言いたい放題2002/5/23版 》〈小説「オルガニスト」について〉
山之口洋作「オルガニスト」(新潮文庫)を読んだ。久し振りの本格的音楽小説。まず面 白い。読み易く、ストーリー展開もよい。ぜひ一読をおすすめする。以下に書くのは私の読後感なので、この本をけなすものではない。しかし、あまりにも種々の問題が露呈されているので、みなさんの意見もきいてみたい。まず、簡単なことから。
☆登場人物のネーミング。これがあまりにも過去の作曲家たちの名前の引用が多く、少々シラける。まず主人公のエルンスト、これはパガニーニの向こうを張ろうとした有名なヴァイオリニスト。語り手のヴェルナーはもちろん「野ばら」の作曲家。そして、あまりじゃないかというのが、老オルガニスト、ラインベルガー。少しオルガン音楽に詳しい人なら、ラインベルガー(1839-1901)という、オルガニストで作曲家の存在をすぐ思い出すはず。こんなつまらない名前の一致は、気になりだすと結構気になるもので、五次元宇宙法則に没頭しているマッド博士にアインシュタインという名前をつけるだろうか。
☆小説だから問題にすべきではないのかもしれないが、全ての人物が、アプリオリにバッハに傾倒しきっている。しかし、あえて言うが、私はバッハは、無伴奏ヴァイオリン曲を除いて好きではない。そしてまた、そのヴァイオリン曲にしても奏くのが面 白いのであって、他人の演奏は聴きたくもない。バッハのことを「音楽の父」などという人がいるが、とんでもない。それじゃ、バッハ以前の音楽は全くダメということになるが、当時の評判では、バッハは古臭いガンコ者で、みんなから煙たがられ、死後もほとんど忘れ去られて、大バッハ一家で一番有名だったのは息子のC.P.E.バッハだった。コリン・ウィルソンの音楽論は、少し偏りが目立つが、彼の作曲家論は、その作家がどういう性格で、どういう生活を送っていたかという、ウィルソンにいわせれば「実存的」音楽論。「ディーリアスは遊び好きで梅毒にかかり失明。そのくせ、猛烈な怒り屋で、ニーチェに恋い焦がれていた性格分裂者。そのディーリアスに憧れたピーター・ウォーロックはアル中」という風に、生活態度を暴露しまくっているが、そういう風にバッハを捉えると、とてもじゃないが、敬虔なクリスチャンとは言えない。
若い時から鼻っ柱が強く、先輩のファゴット吹きが女を連れているのを見て、「ファゴットも吹けないのに女を連れやがって」とカラみ、決闘騒ぎを起こし、また、自分自身の素行も悪く、オルガンの裏に隠れてエッチをやってえらく怒られている。また、テレマンにふられたライプツィヒの音楽監督の地位 に就くため、市会議員に数々の賄賂を贈ったりしている。まあ、こんなことでバッハの音楽自体が損なわれることはないが、「音楽の父」でないことは確かで、死後約80年後ぐらいにメンデルスゾーンによって復活再評価されてから以後、バッハ信仰が激しくなった。
バッハのゴリゴリ・ポリフォニーは当時ではもう時代遅れで、ヘンデルのミーントーン主義が革命的状況を生み、モーツァルト等の明快なホモフォニー主流の中で保守反動が見直されたというものだ。少なくとも最初からバッハにひれ伏すことはなく、少し斜めになってみる必要もある。
☆私は純正律一辺倒だから、どうしてもバッハ的ポリフォニーは得意ではない。しかし、バッハがどういう調律のチェムバロやオルガンを弾いていたかということは大問題で、当時の音楽家たちは毎晩毎晩、調律談義で酒を呑んでいたと言われる。そして、モーツァルトはある教会のミーントーンのオルガンに痺れまくっていたという話が残っている。バッハももちろん平均律ではなく、たぶんヴェルクマイスター第IIIだったといわれている。1900年頃、世界中が平均律に染まりだした頃も、オルガンは最後まで平均律を拒否しつづけた。もちろん今は平均律でオルガン演奏をやるが、元のバッハの響きとは全く違うはずだ。 せっかくのミステリ仕立てであり、オルガン調律の仕方まで説明しているのだから、調律の謎にまで迫ってほしかった。 ……人まかせにせず、自分で書くべきなのかもしれないが。
《言いたい放題2002/5/2版 》〈私の趣味の整理〉
先日、私の掲示板に、趣味の問題で私を突き動かす書き込みがあり、考えさせられ た。私は非常に気の多い人間で、好奇心を持て余している所があるが、50代は残り1年 も無くなり、今のような不摂生では長生きもできまい。思い付くままに、過去にのめ ってきた分野を書いてみよう。
(1)主にSFを読み、小説を書く
(2)競馬
(3)鉄道関係
(4)野球は熱狂的な近鉄ファン
(5)囲碁
(6)忘れられた作曲家の発掘
(7)UFO、UMA等のトンデモ・ジャンル
思い出せるのはこんなところか。(1)に関しては、過去に早川のSF新人賞の最終候補に残った事もあり(近々、少 し手を入れたものを「音楽と小説」コーナーにアップする予定)、かなり本気だった が、コンピュータをやる前に書いたコンピュータSF小説と、Macをやり出したギャ ップに自己嫌悪。以来、小説は書いていない。が、小説で文章訓練をしたせいで、音 楽関係のノンフィクションを3冊書けた。
また、SFを読む方では、猛烈なフィルディキアン。分かるかな、米SFのフィリ ップ・K・ディックファンのこと。このディックを除けば、私は、ヨーロッパ、その 中でもイギリスのSFが好きだ。今度私の選んだベストテンを書いてみよう。(2)の競馬。これは15年くらい前、オグリキャップの頃、私はJRAの、場内FM の司会者をやりながらヴァイオリンを奏いて予想をやっていた。井崎脩五郎や原良馬 といった人と並んでマイクを握っていたから、あんまり自分流のクセのある予想がで きなかったけど、本当に面白かった。井崎さんは特に面白い人で、裏話として、よく 格別なダジャレ情報をもらったりした。
今でも競馬は好きだが、私の考え方は、馬や騎手の名前に尽きるといえよう。それ 以上書き出すと本1冊分になってしまう。(3)趣味といえば、これは本当に趣味だね。今でもヒマができると、ぷらり電車に 乗って知らない土地を旅する。私が特に好きなのが、今にもつぶれそうな田舎の私鉄 。SFでない小説で、つぶれそうな私鉄を主人公にしたものを書いたこともある。
(4)私の近鉄魂は並みではない。近鉄パールズだった小学生以来だから、もう40年 にはなる。当時、今の解説者の関根さんがエースで4番だった。高校野球並だね。 20年くらい前になるかな、2年連続優勝した時、2年とも、9月10月と日本中、近 鉄を追っかけて3年目、事務所の社長がついに元旦の初詣でで「今年は優勝しないよ うに」と祈願してきたという笑い話もある。あ、近鉄のこと言い出したら、これも本 1冊。
(5)囲碁。以前、碁会所を事務所代わりにしていた事があった。三連星に凝りすぎ 、全く上達せず。単に偶然だけど、NHKの囲碁将棋の時間のTM音楽を担当したこ ともあった。大竹名人とはマージャンを囲んだこともあったなあ。
(6)これは、レッキとした趣味である。しかも、けっこう有益な。
(7)昔の『UFOと宇宙』誌、第3号から廃刊になるまで全部持っている。また『 ムー』は1号から3年間くらいずっと購読していた。しかし、あまりにも凄まじい金 太郎飴ぶりに、今はちょい、一服。
横尾忠則氏を訪ねる途中、成城学園でUFOと遭遇したのはすごい想い出。*************************************************
以上のうちで、何か話が合いそうな方、メールなり掲示板なりに書き込んでくれま せんか。私が知っていることは何でも公表します。
《言いたい放題2002/4/9版 》〈ジャズ・ドラマー、石川晶氏の音楽葬〉
一時期、ジャズ・ドラマーとして一世を風靡した石川晶氏が、2月にアフリカで亡 くなり、4月7日に東京のライブハウスで音楽葬が行われた。恵比寿でアフリカン・ パブをやっていたこともあり、ファンは大勢いるが、若い人には馴染みがないかもし れない。でも、NHK教育テレビの「ワン・ツー・ドン」のドラムのオジサンと言え ば見た人はたくさんいるだろう。
思い出せば、彼とは私が22の頃、山本直純氏のアシスタントとして修業を始めた以 来のつきあいであり、最近は会う機会もなかったが、いろんな節目でお世話になった 。彼とのつきあいで一番印象に残っているのは、私のヴァイオリン演奏に言いたい放 題のケチをつける唯一の人だったこと。私は若い頃からエレキヴァイオリンをやった り、ジャズまがいのことをやって、殆どの人はただ唖然とするだけだったが、「アキ ラ」は私に対して強烈なケチをつけた。「玉木さんは、ピョンコ・ピョンコ節で、そ れじゃあズージャにならない。もうちょっとノリをよくしてよ」と、いつも言われ続 けていた。私は私で、自分の作曲で演奏する「アキラ」に「ちょっとリズムが揺れす ぎるよ」と文句も言ったりしたが、リズムがタイトになった16ビート以後の状況では 、「アキラ」も何も言わなくなった。
また、我々は2人とも猛烈な野球フリーク。彼はヤクルトファン。私は根っからの 近鉄ファン。ある年、ひょっとしたら、ヤクルト近鉄の日本シリーズの可能性が出た 時、「アキラ」はヤクルトのベンチの上でドラムを叩きまくる、かたや私は近鉄のベ ンチの上で強力なエレキ・ヴァイオリンを奏きまくるという対決をしようという話が あり、けっこう盛り上がったが、結局、夢の対決はならなかった。……合掌。
《言いたい放題2002/3/5版 》〈CATVの「パックインジャーナル」は面白い〉
CATVで放送されている朝日ニュースターという放送局、テレビ朝日とは別会社で、モロ朝日新聞本社の中にスタジオがあり、私も以前、全く予算のない3時間番組に出演したことがある。その番組の中で、土曜日の朝11時から2時間の生番組、愛川欣也の「パックインジャーナル」が、今、日本中で一番旬で熱い番組だ。私は、ここ2年ほど殆ど欠かさず見ているけど(実は土曜と日曜にあと3回再放送がある)、最近、ビックリするほど視聴率が上がっているらしい。なんだか社長賞をもらってパーティを開いたなどと浮かれていたが、視聴率が良くなると何となくプレッシャーがかかり、スポンサーに変な気遣いをすると物の言い様も歯切れが悪くなる。この番組だけは、そんなことの無いようにお願いしたい。
さて、番組司会は、ややうるさくしゃべるすぎる愛川欣也氏。そして完全レギュラーは田岡氏(アエラの記者で軍事に強い)、日刊ゲンダイの二木氏、番組構成者でもある横尾氏、そして準レギュラーで登場する女性軍も多彩 で面白い。
さて、3月2日の番組では、実に多彩に、日頃知らされていないウラ側のニュースがふんだんに報告された。時々、「朝生」のように何を言ってるのか分からない怒鳴り合いもあるが、でも概してレベルは高い。
今回はその中で、記憶しているだけの面白い話を順不同で列挙しておきたい。
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☆台湾の前線基地金門島は、対中国用に4万人の兵士が居たが、最近、中国軍の力が弱ったため、危機感が無くなり、4万から2万へと兵士が減っている。☆北朝鮮の不審船が、上海沖の舟山群島の中国海軍基地を出入りしている証拠が、アメリカから日本にもたらされた。一見、中国と北朝鮮が手を結んでいるように見えるが、事実はメチャクチャで、中国の海軍は自分勝手に麻薬の密輸をしている。それぐらい中国の軍規は弛みきっているらしい。
☆NGOで有名になった大西某は、連日挙動不審との角間氏の発言。
☆同時テロに対するアフガン戦争での国際貢献度をアメリカが発表したが、日本は発表された26位 の中にも入っていない。韓国は入っているのに。「日本は先の湾岸戦争で金しか使わなかった」と世界中の笑いものになったトラウマに脅え、「ショウ・ザ・フラッグ」とブラフをかけられ慌てた小泉、ドサクサ紛れに法改正して自衛艦まで派遣しながら、またもやコケにされた。アメリカ人は心の底から日本人が嫌いらしい。また、ペンタゴンでの記者発表の時、日本人記者は何人も居たのに、その場で抗議する勇気のある人は誰一人居ず、結局、本社経由、外務省からの抗議で丸2日ほどタイミングがずれた。アメリカの言い訳、「ゴメン、悪かった。忘れてた」だって。
☆てなことが後で分かると、「いや実はオレは知っていたのさ」とほざく記者が多過ぎる。メディアの頽廃で日本は崩壊する。
☆ブッシュが呑みに来た西麻布の「権八」。実は、私の事務所のすぐソバだが、日頃からあんな変な店には行きたくない。で、「ブッシュはふらりと飛び込みでやってきて、驚いた日本人の若者になごやかに話しかけた。客は大受け」というが、これは真っ赤なウソ。当日「権八」は夜の11時まで招待客だけの「貸し切り」の札。客の殆どは外務省関係筋。あの仕掛けはTBSの見事なヤラセ。
☆巨額献金で疑われている三井物産。噂を完全否定しているが、入札説明会の2日後に入札、こんなのありか?
☆アメリカ産の輸入牛。3ヶ月、日本でエサを与えると「国産牛」との表示OK。
☆国産牛と和牛は全く違う。この違い……皆さんも考えてほしい。私は大体前から知っていたが。和牛を安全に早く出産させるため、ホルスタインの代理母の研究が進んでいるニュースを知っていたからね。
《言いたい放題2002/2/19版 》〈NHKの元ハンセン氏病患者の凄まじい映像〉
なぜか、2月に入ってから慌ただしいスケジュールになり、HPの更新もままならない。飛び込みの編曲やテレビ番組のTM等々、この不景気な世の中でも私を少しでも便りにしてくれるのであれば、もとより断るわけにはいかない。そのスケジュールの中には、毎年福山で行われている、市民自作の竹楽器によるトライヤード(三世代)コンサートなんかもあり、私も福山まで行ってきた。
そのイベントは、私の曲の場合、ステージ上になんと160人も乗っかる大げさな仕掛け。最後は、丸山和範氏の作曲による「小オケと声明とジェゴグによる讃歌」。けっこうエキサイトなイベントだった。詳しい報告は置いておいて、帰京してから私はルーチンワーク的な状況に陥り、仕事をしながら、ふと、NHKのドキュメンタリー番組を見て、心底驚き、子供の時の凄まじい経験を思い出し、しばし茫然としてしまった。
その番組は、東北出身の元ハンセン氏病の人の帰郷と、そのことによる様々な波紋・影響の報告なのだが、その主人公、なんと、ハッキリ言って顔はくずれ、手の指の大半は溶けて無くなった格好でものすごく短い。そのあまりの凄惨な様に、私は息を呑み思考停止してしまった。
よく考えてみてほしい。国家が元ハンセン氏病の人の人権復活を認めた以上、その人達を一個の人間として正面 から映像化するのは、当然といえば当然かもしれないが、あの訴訟で勝訴する以前では絶対に考えられなかったことである。そんな時にあのおぞましい映像を流せば、NHKは全国から非難ゴーゴーだろうし、ハンセン氏病のひとたちにしても「晒し者」にしたという反感から、より一層、人権的な立場からNHKを猛攻撃しただろう。
ハンセン氏病――我々は「癩病」と呼び、江戸時代以前はなんと「天刑病」と呼ばれていた。私が子供の頃、テレビはなく、映像の娯楽は映画が全盛だった。C級、D級の時代劇が横行する中、今でも鮮明に記憶に残っている映画がある。もちろん、タイトルも役者も覚えていない。その映画は、さる有力な大名の息子がなぜか能面 をかぶったまま座敷牢に閉じこめられている。彼は、自分の人生を嘆きつつ、しかし自由を激しく求めている。そしてある日、座敷牢から脱出する。そして、彼を思い詰めている娘から素顔を見せて欲しいと乞われるが、彼は悩みつつ拒絶する。そして、いろんな経緯の後、彼は追われに追われ、ついに袋小路に追い詰められて、能面 を叩き割られる。そこに現出したのは、くずれにくずれ、ウジがはっている腐敗しきった顔面 だった。これが江戸時代の「天刑病」なのだ。
今から思うと、何という映画だ! あれじゃ「天刑病」への同情より、嫌悪感と差別 を助長する。今では考えられない、とんでもない映画だった。また私は、「カッタイ」と呼ばれる、顔がくずれ指の無い人たちの乞食の姿を子供時代に目にしている。あの頃の凄まじさは「砂の器」どころではない。しかし、今回、NHKのショッキングな映像は、見ているうち、だんだんとなれていき、途中からは嫌悪感もなくなった。カメラというのは事実を事実として撮るのではない。必ず、撮る人の主観が反映される。例えば、アメリカのテレビ局のクルーが日本に来て撮った田舎の映像に出てくる日本人は、全てサルっぽく、アワレで醜怪である。
今回のNHKのカメラマンの目線は、そういう意味では暖かく、人権的ではあった。ハンセン氏病を知らない人たちは、その凄まじさを初めて知ったに違いない。しかし、私は言うよ! あれはプロミンという特効薬が発明される以前の発病状態であり、今はあの人たちも完治しているのである。
なぜ私がこんなにハンセン氏病に詳しいのか……。子供の時、自分がいつか癩病になるんじゃないかという恐怖のもと、いろんなことを調べまくり、プロミンという特効薬の発明を知り、ホッとしたことが鮮明に思い出されるのである。
ふと思い付いたことだが、今の若者はホラー映画等のSFXでくずれた顔など見慣れているかもしれない。しかし、現実の、現存の人間に、なぜかSFXをかけられた人達がいるんだということを知ってほしい。あの映像は作り物ではないのだ。
《言いたい放題2002/1/22版 》〈ブッシュ大危機!〉
かっぱえびせんアメリカ版でノド詰まらせて気絶するような奴はいない。 ケーブルTVで、朝日新聞の田岡氏がスッパ抜き(TVでもこういうのかねえ)をやっ たのは、ドイツの新聞報道で、真相は酒に酔ってとのことらしい。まだ本当の真相は 分からないが、事実だとすると、ブッシュの命取りになる。私だって人のことは言えないほどのアル中気味だが、それが原因で入院したことは ないし、血圧や肝臓、糖尿に悪いからビールは止めろとは言われても、アルコール絶 対禁止ではない。ブッシュの場合、正真正銘のアル中で、病院治療を受けている。こ ういうキャリアは、絶対に酒を飲んではいけないらしい。一挙に酩酊状態になり、も う一度アル中に戻ってしまうらしい。これだけの重大局面にまでなる、つまり、酒を 飲まざるを得なかった極度のストレスの原因、これが例のエネルギー巨大企業、エン ロンの倒産だというのだ。
約1週間前、アメリカの司法当局が、エンロン倒産の調査に入ったと同時に、ブッ シュ大統領の健康が悪化しているとの報道があった。エンロンと言われても知らない 人は多いかも知れないが、アメリカはテキサス(ほら、ブッシュの出身地)の巨大エ ネルギー会社で、表の原因は、電力供給過剰のため、経営が悪化し、去年倒産、その 影響で、日本の投信もかなりの会社が額面割れに陥り、実際に損をした日本人もけっ こういそうだ。
しかし、この倒産には大問題が隠されていた。もともと、このエンロンという会社 は、ブッシュのテキサス資金提供の窓口。実はブッシュの閣僚にもエンロン関係者が 多いらしい。特に、司法長官自体が関係しており、今回の捜査からは外されている。 また、去年、エンロンの社長と会長は、財務内容の逼迫に気がついており、周りには エンロンは絶対に安全という話を振り撒き、株価操作をした上に売り抜けてしまった とも言われており、また、監査会社はそのコンピュータデータを破棄してしまったた めに、アメリカ国民の猛烈な怒りを買っている。エンロンの負債は、表向き2兆と言 われているが、実際は5兆だとも言われており、必ず、エンロン問題はブッシュにま で飛び火し、責任問題になるのは必至。そこで極度のストレスに陥ったブッシュが、 たまらず酒に手を出したという話は相当に信憑性を帯びる。
ブッシュよ、もう今更ビン・ラディンでもあるまいに。せめての罪ほろぼしにパレ スチナ詣ででもしたらどうかね。
《言いたい放題2001/12/26版 》〈インスタント・アーメン、そして2冊の本〉
24日夜、インスタント・アーメンあふれる渋谷駅の街頭パフォーマンスで、リコーダー4人組がクリスマス関係の曲を演奏していた。けっこう気持ち良くハモっており、完璧さには程遠いが、でもかなりの水準で純正律に近いアンサンブルでの演奏。最近、とくにリコーダーの世界がかなり神経質に純正律に取り組んでいるということは、純正律音楽研究会の会報『ひびきジャーナル』第5号の巻頭の金子健治さんとの対談での詳しく述べているが、街頭パフォーマンスにも進出してきた。この浸透ぶりはすごいね。パチパチ……。 ところで私の新刊『純正律は世界を救う』(いったい、なんというタイトルじゃ)は、やっと刷り上がり、手元に少し来ているが、諸般 の事情により、発行の奥付は2002年1月10日、来年1月の中ごろには、全国の書店に並ぶはず。 なかなかいい出来だと前評判をとっています。よろしく。* * * * * * * * * * * * * * * *
最近、私はこのコーナーで、読書評を書いていない。めっきり視力が落ち、もっぱらノンフィクション、実用モノしか読まなくなったからだが、今日ばかりは気になる2冊を紹介したい。
1:増田俊男『ブッシュよ!お前もか…』(風雲社、1500円)
このちょっといかがわしいオッサンについては、少し前にこのコーナーで「2002年バブル再来」というキワモノ本を紹介した。結論から言うと、そうはなりそうもないのだが、日本がブッシュの言うことをきかず調整インフラをやらなかったため、経済に行き詰まったブッシュが「戦争」という最後の経済手段に出たと、このオッサンは、いうのだ。つまり、日本がアメリカを戦争に追いやった、とね。その根拠の大胆不敵さというのは、あのNY-ワシントン同時テロは、ブッシュのヤラセだというのだ。もちろん、やった下手人はアラブゲリラだそうだが、ブッシュは全て分かっていてやらせたというのだ。ただし、ビル2棟が全壊するとは、アラブ側もブッシュもまさか……とは思ったはずだが――これは私の推測。このビルの脆弱性は、私の作曲の仲間、櫻井順さんのHP上にビル建設上の大問題が指摘されているので一読の価値あり(http://www.brain-jack.com/f-u_mail.html)。さて、ヤラセという根拠なのだが、何年か前に、ビン・ラディンの仕業と言われたスーダンのテロ事件の犯人たち(アラブ側は「米のデッチ上げで、あくまでも無罪」と主張)の判決が9月12日に行われる事になっており、テロはその前日に行われたこと。そして、次の事実は、あまりのことに寒気すらするのだが、NYの株式市場で9月11日以前、ふつうの航空機会社に大した値動きはなかったのに、テロ事件の対象のエアライン、アメリカンとユナイテッドが、事件の何日か前から異常な取引があり、大量 の空売り殺到したという。空売りというのは、例えば1000円の値段の株を100万株、何かを担保に借りて、売りをかけ、期限になったら、現金精算で買い戻す行為で、1000円で大量 売をしておいて、株価が200円位に落ちたら、その段階で買い戻せばいいので、差額の800円×100万株が濡れ手にアワのあぶく銭利益となる。そして、実際に、この2銘柄には大量 の空売りがあった事実をグラフで現している。そして、この情報は、国家の上層部の一部しか知らされておらず、その一部の人間がインサイダー取引をしたらしいというのである。
判決の前日と、大量の空売りが「ヤラセ」の証拠だというのだが、果たしてどうだろう。説得力があるのは、アメリカは過去、いつも「ヤラセ」の被害をひきがねに戦争を始めている。対メキシコ戦争(ノーモア、アラモ)、米西戦争、そしてルーズヴェルトによるパールハーバーの奇襲の黙認(この件では、最近いろんな文献が出回っている)による、リメンバー、パールハーバー。だいたい、平常時の米国民は、他国にあまり関心を持たず、政府もなかなか戦争をしかけられない。そこで、自国民対象の殺傷事件で国民の闘争心をかき立てるというわけだ。
以上の真実は私にはわからない。しかし、パールハーバーの死者は約4000人くらい。それに比べ、NYは当初6〜7000人といわれていたが、徐々に修正され、今では2900人となってしまった。この異様な減り方は何なのだ!我々には一切分からない(調べるのがおっくう)のは、当日、意図的にあのビルへの出勤を止めた人がどの位 いたのかということだ。でなければ、なんで2900人に激減するんだよねえ。一部の強力なウワサでは、当日、あのビルには、ユダヤ財閥系の人達は欠勤していたという話がある。そこから、あのテロは、イスラエルのモサドがやったとも言われているくらいなのだから。
2:折原一『沈黙の教室』(早川文庫、800円)
私は最近あまり小説は読まないし、もともと推理小説は好きではない。しかし、いつの間にか、私は折原一にかぶれてしまい、もう10冊ぐらい読んでいる。
作者を知らない人に説明するとと、彼の作風は叙述のどんでん返しによって、最後に行くに従ってどんどん作者に裏切られ、こちらは途方に暮れるばかり、うまく騙された時は快感があるが、あまりに卑怯な手を使われると非常に腹が立つ。 同じ様に、叙述トリックにかぶれすぎて自己崩壊している作者がいる。それはIQ-200とも言われている竹本健治氏で、彼は私の事務所まで来て、純正律とピタゴラスの取材をしていった。何やらピタゴラスに関する小説らしいのだが、その後の経過も報告もない。私の大好きなSF小説に、米国のユダヤ人作家、ロバート・シルヴァーバーグの『内死』というのがあり、その中で「マーラーの交響曲は自己崩壊している」という見事な作中論文があるのだが、竹本健治氏はまさにマーラーの化身のようで、書いているうちにどんどん蛇が自分の尻尾を呑んでいるような状態になってしまうヘキがある。それに対して、折原一氏は、どんなことがあっても自己崩壊しない。崩壊するのは読者の方である。折原魔術の小道具は案外平凡。記憶喪失になりすまし、原稿のすり替え、しょっちゅう頭を殴られ、すぐに意識不明になる、そして、いつも尾行されている、もしくはされているという妄想……。 この小道具のちりばめが一番うまくいったのが、日本推理小説長編賞をとったこの作品だ。700ページ近いのがあっという間に読めた。もう大分前の作品なので、折原ファンからは「バーカ」と言われるかもしれないが、この本の読後感ってなんだか爽やかなんだよねー。さわやかな推理小説なんて、あんまりないんじゃないかな。
うまく騙してくれてありがとう、折原さん。
《言いたい放題2001/11/16版 》〈台本の読めない作曲家について〉
私の掲示板に以下のような書き込みがあった。その回答として、私の著書『音の後 進国日本』から引用する。********************************
{以下は掲示板への投稿}
最近のドラマ音楽
メインテーマは、みえみえのタイアップで残りは、選曲屋かディレクターが自分で選ぶ (このところ音響効果班がやってる場合も多い)
この辺のブランケット弊害は、今更述べるまでも無いでしょう。
作曲家がついた場合でも台本を読んでないか読めてないであろうと思われるケースが 結構多い。
自分が請けた仕事が何であるか解ってないのであろう。
単に与えられた時間に曲を付ければいいと言うものではないのでその辺は、考えてし ましょうね。オーディションを見た後、ガッ カリする事が最近多いので……* * * * * * * * * * * * * * *
{『音の後進国日本』から}
(前略)
作曲家受難の時代であり、悲惨なドラマが横行している。レコード会社とのみえみ えタイアップのために、重要なせりふ、重要なシーンなのに、まるで無関係な歌が流 れている時代なのだ。ひと昔前の企業PR映画でも、大企業ものなら必ず作曲家はついたものだった。その おかげで私は「松下」のPR映画は二十本近くやったような記憶がある。ところが、最 近は、著作権フリーという音源が増えたため、作曲家はほとんどお呼びがない。それ でもごくたまに、依頼があったりすると、様子が前とすっかり変わっているので、打 ち合わせの段階で前途まっくらということが多い。
なぜかというと、監督はじめ、スタッフは常に選曲屋としかつきあっていないから 、作曲家との打ち合わせの仕方を知らないのである。だから、音楽打ち合わせのため に彼らはにわか勉強で既成の音楽を探し回る。音楽の注文とは、なにか具体的なもの を用意しないと作曲家にいいようにあしらわれるとでも思っているようだ。もっとも 、本当に何も分かってない人にあとから文句を言われるのは非常に迷惑なので、ひと つの方法であることは認めるが、これでは、作曲家にオリジナリティを求めているよ うには思えない。
もっとも最近の若い作曲家はどういう曲のタイプかという注文がないと、作曲でき ないという人も増えてきているから、困ったものではあるが。
さきほど述べたテレビの黄金時代ではもちろんそんな音楽打ち合わせをするはずも ない。その前の時代の映画でもそうだったが、ドラマ音楽の作曲家は、台本が読める かどうかが、評価の基準だった。どんな美しいメロディを書こうとも、ドラマの狙い と外れていては話にならない。特に映画の場合なんか、効果音もせりふも一切入って いない焼き上がったばっかりのフィルムを見た直後に、音楽をどこに入れるかという ような重要な打ち合わせに即座に突入するわけだから、事前に渡されている台本が頭 に入っていないと、二度と仕事はこなくなる。
テレビドラマでも台本上の打ち合わせだけで、すぐに録音という仕事も多かったか ら、同じことである。そして頼んだ作曲家が台本が読めるという信頼感がめばえれば 、おおまかに、ジャズでいくか、クラシックで行くかくらいのことしか話題にはなら ない。あとはすべて、信頼した作曲家まかせだったのである。
日活をクビになった不遇な時代の鈴木清順監督とはCMで何回か仕事をさせてもらっ たことがあったが、そのなかでもいまだに、脳裏に焼き付いて離れないことがある。 それは三十秒のCMの仕事だったが、いかにも鈴木監督らしくラセン階段を使った、非 常に美しい、都会のペーソスあふれる映像だった。絵も見終り、さてどんな音楽にす るかという話になった。
「さて玉木さん、どうしますかね」と監督から訊かれてもどう答えたらいいのかわか らない。もう私はすでにCM音楽は相当やっていたから、その道の人たちとの会話なら なれているのだが、監督にそんな物言いが通じるはずもない。そこでしばらく考えて 、「思いきってオーボエで牧歌風に行きませんか」と答えた。すると監督は一瞬、ネコ ダマシにあったような顔つきをされていたが、しばらく「ふーん、オーボエねえ、牧 歌風ねえ」と何回か反すうし、突然、ポンと手を打って、大声で、「よし、それでい こう」とにこにこ顔で答えられた。あっさりしたものである。これで打ち合わせも終 り、ばんばんざいである。ところが、映像プロダクションマネージャーが、苦り切っ た口調で、異議を挟んできた。
「玉木ちゃん、ちょっと待ってよ、こんなに厳しい都会の夜のペーソスの絵にオーボ エなんて変じゃないか、何を考えてるんだ」という激しい異議申し立てである。監督 をチラっと見たが、そっぽを向いている。仕方がないので、「オーボエで牧歌的とい ったって、なにもチャイコフスキーをやるわけじゃないですよ。たとえば、カーペン ターズだってよくオーボエを使ってるし」などと言いたく烽ネいことをいわされて苦 境に立たされたうえにまだ反撃しようとしたプロデューサーに向って突然、鈴木監督 の大雷が炸裂した。
「玉木さんがオーボエで行こうといって、よしそれで行こうと言っているのに、何を ガタガタほざくんだ、この馬鹿もの!」
とまあ、昔はこういう信頼関係で仕事が進んでいったのである。
今のように、なんでも下敷きがあって作曲するとなると、あまり、独創的な意外性 がなくなってしまうような気がする。
《言いたい放題2001/10/17版 》〈私の旧著『猛毒クラシック入門』へのマジでやばい話〉
数日前、渋谷の旭屋書店で音楽コーナーを覗いていたら、許光俊編著『クラシック 、マジでやばい話』(青弓社、1600円、2000年12月2刷)という毒っぽいタイトルの 本が目に入った。なんとなく手にして目次を見ると「この音楽本を読め!」という項 があったので、そこを開いてみると、何ということだ! 今は絶版になっている、私 の『猛毒!クラシック入門』(文化創作主版、1993年)が、かなりの比重で紹介され ている。青天のヘキエキ……!その紹介の仕方や凄まじく、「猛毒!」というタイトルに対するかなりの嫉妬と怨 嗟に満ちあふれており、私は、その場であまりの刺激ゆえに大笑いしてしまい、他の 人の迷惑になるので大枚1600円払って買ってしまった。私の『猛毒!』は1200円なん だけどね。
私は、この独断と偏見にまみれの読後評について書きたいのだけど、実はこの『猛 毒!』、とうの昔に絶版になっており、私がいちいち反論しても、原典がないのだか ら空しいことになってしまう。せめて、その後の『音の後進国日本』(文化創作出版 、1997年)を話題にしてくれているのなら、こちらは3刷まで行っていて未だに生き 残っているので、対等に果たし得るのに、と非常に残念。
それでも、勇を鼓して少し反論めいたものを(といっても、とてもマジに反論もで きないのだけど)書いてみよう。
筆者は、つい『猛毒!』というタイトルに惹かれて読んだが、実は単なる軽い読み 物で、猛毒と言えるのは、第1章「デッチ上げられた名器のはなし」と第2章「クラシ ックを堅苦しくしたのは誰だ!」の辺にあるのでないかと推測されている。そしてい きなり、第2章での私のベートーヴェンへの嫌悪感が凄い、という風に話が跳んでし まい、第1章の「名器信仰」をなぎ倒した私の論調は一切紹介されていない。私はヴ ァイオリニストでもあるので、ストラディヴァリウス信仰を徹底的に血祭りに挙げた のだが、それにはあまり興味を持たれなかったかもしれない。そして、第2章の私の ベートーヴェン嫌悪をルサンチマンになぞらえ(これは実は正解、ピンポン)、しか し、今やアナクロだと決めつけている。もう今どきベートーヴェンを信仰する奴なん かいない、という書きぶりなんだけど、この本(何人かの共著)の他の項ではしっか りベートーヴェン信仰が語られている。
そして、何よりもすさまじい私への勘違いは、「指揮者ってほんとにエライの?」 の所で、私が切り倒した指揮者や評論家に対する凄まじい誤読である。以下に引用す る。
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玉木氏は続ける。音楽における解釈なんてものはない。つまり、指揮者なんて誰が やっても同じ、せいぜい「顔」としてリーダーを務める程度だ。また、批評は無意味 だという意見が開陳される。べつに批評の味方をするつもりは全くないのだが、まさ に演奏家ならではのご意見に圧倒される(氏はヴァイオリニストでもある)。いわゆ るプレーヤー根性ってやつだ。そして、こういう何もわかってない演奏家がクラシッ ク音楽をつまらなくしているのだとも思う。東洋の音楽について語っているのならい い、でも弁証法を根本原理にしている近代ヨーロッパの音楽に、この考えは適応しに くい。〈許光俊編著『クラシック、マジでやばい話』青弓社より〉
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
悪いけど、一人だけならバタバタと床を叩いて涙を流すほどの珍妙な言いがかり。 このように「何も分かってない演奏家」と詰め寄られた私は、実は作・編曲家でもあ り、私の収入の9割以上が作・編曲で占められており、ヴァイオリン演奏は1割くらい の売り上げしかない。この本の作者の意図とは外れるのかもしれないが、私はCM1500 曲、映画、ドラマ数知れず、『怪奇大作戦』『大江戸捜査網』の作曲家であり、「森 の熊さん」を世に紹介した編曲家なのである。でもこんなものはクラシックとは関係 ないと見下されるといけないのでクラシック系の作品も書いておくが、東フィルとシ ンセ7台の為の交響曲『雲時鳥国』が欧米でも随分話題になったし、ピアノの為の練 習用組曲『山の手線』はいろんな所で演奏されている。NHKから委嘱された学校音楽 コンクールの小学校、中学校用に作曲した合唱課題曲は、今では古典になりつつある 。もうこれ以上はやめよう。絶版になったものの反論は全く役に立たない。
後の方だが、この本で実に胸のすくような言葉がある。――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いろいろとイチャモンをつけたようにも思えるが、概して私はこういう乱暴ちっく な本は好きである。皮肉を言っているのではなくて、お金を出して購入したいとさえ 思う。〈許光俊編著『クラシック、マジでやばい話』青弓社より〉
――――――――――――-―――――――――――――――――――――――ありがとう。
この本を先日、文化創作出版の社長に見せた。彼曰く、「先生、これは最高の賛美 の本だよ」と随分感激しておられた。これとは別に、『猛毒!クラシック入門』を読みたくなった人は、私の所へ「ほし い! ほしい!」と言ってほしい。今は簡単にコピー本が作れるので。
あ、そう! 重要なことを書き忘れていた。実は私、この本の猛毒性として、山田 耕筰の「赤とんぼ」が実はシューマンの「序奏とアレグロ」からの盗作であるという ことを譜面入りで証明しているのだけど、こんなものは猛毒とも言えないのかしら。 クラシック業界の人間に、この話を書くぞ、と言ったら、「お前、刺されるぞ」と言 われたのを思い出す。名器信仰のウソと「赤とんぼ」のウソ、それにベートーヴェン、これらが『猛毒! 』を書き始めた原点なんだけどね。
私は今、また文化創作出版から出る「純正律音楽」の為の本を書き進めているとこ ろである。これは実にマジな猛毒本なので、期待されたい。
許光俊さん以下、スタッフの面々そして青弓社の方たち、ぜひ、私を敵に回さず、 共に「いい猛毒」(変な言い方だな、生物兵器に脅えるアメリカは怒るな)仲間とな って共闘しましょうや。ネタは、もっともっと数限りなくありまっせ。
《言いたい放題2001/9/18版 》<NY事件について>
最近私の掲示板に次のような書き込みがあった。*********************************
こういう答えのない事件に出くわすと、精神的に無気力な状態になります。
psychic numbとか言うんだそうですが、9月11日以降酒飲み続けです。
*********************************私も全く同様で、10月出版の新しい本の原稿で唸ってるところへの惨劇の ニュース。全く原稿どころじゃなく、思考停止の日々が続くとこんなに疲れるものとは 初めて知った。最も酒は、前から毎日飲んでるけどネ。永六輔さんもラジオで言ってたけど、あのニュースを聴くのには体力不足を感じると。これまた大いに同感。
何度も何度もビルに突っ込む飛行機の瞬間を垂れ流すTVの無神経さ。 嬉しそうな顔をしてテレビでコメントするいやなやつら(おいおい、小池百合子、 お主もそのひとりだぞ。昔からTVに出るとニヤニヤしなければと思い込んでる 職業病がついでちゃうんだね)、 明らかにアメリカよりのコメントを垂れ流す日本のメディアや小泉は重症の パラノイア。
なんかある人の書き込みでは、あの映像のバックに、<シンドラーのリスト>のテーマ 音楽を流していたとか。日本人は忘れっぽいから、オウム事件をすぐに思いだした人は少ないんじゃないだろ うか。
怖いのはオウムの残党の様なやつ。
TVで、テロ団が新幹線を襲ったらいちころだ、などとばかなことをいうアナウンサー には殺意さえ覚えるが、こうなったらなんでもありいの世の中。
怖いのは、イスラム原理主義者と並んで、オウムのような狂信者の復活だ。 イスラム原理主義者が新幹線をやったりはしないが、オウム的な奴は単独犯でも なにやらかすかわからん。自爆のついでにされたんじゃねえ。アラブの大義じゃ、石油資本じゃ、ロスチャイルドじゃ、なんて、勉強するには 格好のチャンスだが、パラノイアを先制攻撃はできんなあ。
なんか昔、長谷川監督やらの話題作と言われたジュリーが原爆作ってしまった 映画思いだすねえ。
《言いたい放題2001/7/28版 》〈参院選について〉
今度の参院選はヤジウマ的に見て、大変面白い。私の周りには誰一人小泉支持者は いないのに、90%近い支持率。変だ変だと思っているうち、どんどん支持率が下がり だしている。ほんとに自民党が圧勝するのだろうか。
小泉って人は、なんであんなに靖国参拝に拘るのかねえ。殆ど私と同世代(私は小 泉の1歳下)なのに信じられない。また、その言い訳がおかしい。「日本人は、善人 も悪人もみんな死んだら仏になる国だ」と、とても古めかしい親鸞の「まして悪人を や」の言葉を持ちだしながら、なんで仏教礼賛者が国家神道の神社へ行くのかワケワ カラン。
今回、私は選挙に行くつもりだが、地方区はともかく比例代表制が実に困る。入れ たい人が多すぎるのだ。知り合いである野坂昭如氏、宮崎学氏はじめ、佐藤道夫、白 川勝彦、そして本当は好きではないのだが大橋巨泉、etc.……。もし巨泉が大勝ちし て民主党の代表になったら、小泉との党首討論、最高に見モノになるだろう。
でも、TVのマッチポンプもひどいねえ。あんなに毎日、小泉ヨイショしておいて、 株価が暴落すると、手の平返しで「小泉不況」「小泉倒産」だもんねえ。
日曜の夜は楽しみですな。
《言いたい放題2001/7/11版 》〈野坂昭如氏の突然立候補について〉
今日、ある集まりで久し振りに永六輔氏とお会いし、しばし歓談。氏が名誉発起人 でもある純正律音楽研究会の、14日のミニコンサートに来られなくて残念という話の 中で、私が当日発表する、世界初の4弦一度に演奏するヴァイオリン弓の披露の件に 大変興味を持たれ、後ほどヴィデオ等を見せて欲しいとのこと。「面白かったら是非 ラジオでやってください。また、コンサート等でもやってください」とのこと。うま くいけばいいね、と和やかに談笑。
話は変わって、今回の野坂昭如氏の突然の立候補、永さんは事前に知っていたり相 談を受けたりしたのか、との私の質問に対して、「いや、全く関係ない。その件に関 しては未だに話もしていない。彼の立候補表明の後、マスメディア関係からも『永さ んも応援するのか』とかいろいろ質問されたけれども、『知らないものは知らない』 としか答えようがなかった。本当は本人は選挙好きなので、無所属でも立候補するつ もりはあったとは考えていたが、まさか徳田虎雄の自由連合とはね……〈しばし永氏 、絶句〉。僕は会ったことはないけれども、ひとの話によると、徳田氏は初対面で非 常に強い印象を与える人物らしくて、そのせいかたくさんのタレントが立候補してい る。野坂さんも、瞬間的に発作状態でOKしたんじゃないか、としか考えようが無い」 と永さん。玉木、「それじゃ、発作と発作の合体ですね」と大笑い。
ところで、いささか旧聞に属するが、私の《著作権コーナー》において、JASRACの 評議員会の席上、野坂氏が何やら事件めいたことをやらかしたように仄めかして終え た報告があるが、私はその事件の詳細については書かなかった。しかし、永さんはそ の後、TBSラジオの生放送で、JASRAC評議員会での野坂氏の激昂振り、および議長席 へ詰め寄ろうとして昏倒したといういきさつを話されている。また、先日のJASRACの 総会では、「野坂評議員が酒に酔って議長席に詰め寄ろうとし、昏倒して大事件にな った」と息巻いてJ-scatを大非難する会員も現れたので、もう隠さなくても野坂さん の行いはみんなの知るところとなってしまった。野坂さんが酒を飲んでいたかどうか は伺い知れないけれど、当日は、最初から体調がすぐれなかったのは事実。しかし、 野坂さんの憤りには、永さんも私も、またJASRAC側の人達の大半も、みんな陰ながら 声援を送っていたこともわかった。作詞家として常に日本語と向き合っておられる野 坂さんや永さんたちの質問に対し、真面目に向き合った日本語で返答しないJASRACの プロパー理事は、やはり、絶対におかしい。
私が選挙で野坂さんに票を入れたりするかどうかということとは関係なく、あの方 は、選挙という言葉に対してとても血の騒ぐ方らしい。
《言いたい放題2001/5/19版 》〈團伊玖磨氏、逝去、合掌〉
掲示板にも書いたが私は、妙なことにヒキが強く、いわゆるユング的シンクロニシ ティを何回も体験している。今回もそうだ。
もう10年近く聴いていなかった團さんの交響曲全集が1週間ぐらい前から枕元に転 がっていて何か変だなと思いつつ、一昨日の深夜1時頃、どっちかというと退屈な曲 だから、かけながら眠るのにいいやと思い、かけ始めたのだが、どういうわけか音楽 に聴き惚れて(決して音楽的に誉めているのではありません)、1枚目のCD、交響曲 No.1、No.2を全曲、マンジリともせずに聴いてしまった。その時刻が2時10分ぐらい 。そのころに、團さんは、一行のひとりに気分が思いと電話されている。死亡確認が 2時40分。うーん……。深層心理的に、私は團さんを好きだったんだろうか。私はロシアの作曲家、ボロディンは大好きで、團さんの交響曲No.1はかなりエゲツ なくボロディン風(特に第2テーマ)だから、聴くたびに笑い転げていたけど、もう 笑うわけにもいかんな。
團さんとは一度お逢いして親しくお話をした。それは私がプロデュースした大阪で のオケのコンサートで、團さんの『シルクロード』を自作自演、その時のゲストのソ リストが、中国人のヴァイオリニストと、なんと、今をときめく韓国のソプラノ、ス ミ・ジョー。
で、アンコール用に私がオケ・バックにスミ・ジョーとヴァイオリニストを入れた 「赤とんぼ」の編曲をやったのだが、アンコールの指揮を團さんがやることになり、 こちらはかなり気を遣った。つまり、お客さんは、團さんが編曲したんだろうと考え るだろうから、團さんに恥をかかせるわけにはいかない。で、一度稽古したあと、控 室で初対面の私に「たいへんいい編曲、ありがとうございました」と頭を下げられて 恐縮してしまった。もちろん、その後もいろんな話をし、私の本、『猛毒クラシック 入門』も差し上げ、その中に團先生のことも書いていますなどと言ったけど、本の中 では「団」という略字で書いてあり、團さんは自分の所へ来た書籍で「団」と書いて いるものは一切封を切らず、そのままゴミ箱行きだったそうだから、私の本もその運 命にあったかもしれない。
さて、私は、オペラ『夕鶴』は3度ぐらい公演を見ているし、CDも持っている。我 が師匠、直純氏に言わせれば、いわゆる「三人の会」として活躍した芥川、黛、團の 中では一番才能のないのが團だな、と言っていた。たしかにそうかもしれない。しか し、3人の中で一番オーケストレーションがうまかったのは事実だろう。
私が読響のトラの時、團さんの自作コンサートで2ndヴァイオリンのケツを奏いて いて、今でも鮮明に記憶していることがある。東京混声合唱団とオーケストラのカン タータで、いきなり男声のアカペラユニゾンで始まるのだが、團さんが何度タクトを 振り降ろしても誰も声を出さない。焦って何度もやったが、やっと出した時にはとて も調子外れ。團さん、やっと気がついた。コーラスに、音程のサイン(低いCだった )を出していなかったのだ。わかった人達のざわめき……團さんの苦笑。昨日のこと のように思い出される。
《言いたい放題2001/5/12版 その1》〈日本コロムビア崩壊〉
日本コロムビアが約90年の歴史の幕を閉じた。
なんだ! 経営陣がリップルウッドになっただけで、会社は存続するじゃないか、 なんていう声が聞こえそう。しかし、リップルウッドというのは、日本でいえばソフ トバンクみたいに実体のない投機会社。少なくともレコード関係やメディア関係の会 社ならともかく、ハイエナのような会社が入り込んで来ると、コロムビアの金になり そうな資産だけしゃぶりつくしてポイッという可能性はかなり高い。日本の株式市場 は殆どが外国人投資家の投機場というのは、やはり当たっている。リップルウッド傘 下に入ったと公表したとたん、他の株は全部下がっているのにコロムビアだけ100円 も値上がりした。みんな短期的ハイエナばかりだ。今年、赤坂の自社ビルを売り払ったことから、いろんな噂が乱れ飛んでいたが、こ んな結果になるとは予想もつかなかった。
東京にはたくさんレコード会社があるけど、いちばんディープに付き合いのあった のがコロムビア。私は、美空ひばりの録音でヴァイオリンを奏いたこともあった。そ の後、「タイムパラドックス」をはじめとしたLPの数々、CDでは、アンサンブル・ジ ャック&ヒルズの一連のシリーズ、玉木弦楽四重奏団のシリーズ――両者ともいまだ にNHKの「ラジオ深夜便」でよくかかっており、「おまえ、蔵が建つなあ」と言われ るが、建たん、建たん。最近の幸田聡子への編曲も含め、私のからんでいるタイトル は70くらいはあるだろう。
なぜ、こんなにコロムビアと付き合いが多かったかというと、こちらサイドからの 見方では、企画さえ面白ければ、売れそうになくても盤にはしてくれる会社だったの だ。やっぱり殿様の日立では昔気質のコロムビアを御しきれなかったんだろうねえ。 ところでコロムビアという商標は、実はCBSのもので、多分、ビクターと並び、コ ロムビア・マークは、日本敗戦の時に契約解除を忘れたため、日本コロムビアと韓国 コロムビアの名称はそのまま残ってしまった。で、日本での演歌専門の制作ぶりに腹 を立てた米CBSが、ごっそりと引き抜きをやって、CBSソニーという新しいレーベルを 立ち上げたのが、今のSMEの始まりなんだけど、日本コロムビアから「コロムビア」 名称を取り上げることはできなかった。CBSソニーとは実に変な名前で、コロムビア ・ブロード・キャスティング・ソニーということになる。ウラでは、名称買い上げ交 渉もあったようにきいていたが、立ち消えとなった。そのうち、演歌はどんどん売れ なくなったけど、それも結構CBSの戦略に負けたのかもしれない。
日本コロムビアは、いろんな意味で職人集団。決して芸術集団ではなかった。私が いろんな他社と比較して驚いたのは、ミキサーがディレクターより偉くて怖かったこ とだ。そこからも分かる通り、家族的団結はすごかったが、なあなあの馴れ合いも横 行していた。しかし、妙に義理堅いところがあって、私のような変人も受け入れてく れたんだと思う。
まあ、最後の方では、ローテーション用に新譜は出すが、大半がイニシャル1000枚 以下(ちょっとオーバーか)、ソフトの総売り上げがエイベックスの1割という惨状 では、日立も投げ出さざるを得なかったのだろう。
10月にはいよいよ、ソフトとハードが別会社になり、大幅な組織変えが行われる。 まあ、コロムビアの社員の友人たち。つぶれた訳でもなく、今日の株価なんて、倍 くらいになっているから、希望持ちましょうか。
《言いたい放題 2001/5/12版 その2》〈ハンセン氏病、原告全面勝訴〉
以下の文章は、私のBBSに書いたものなのですが、埋没させたくはないので、ここ に再掲載します。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― いまTVは突然ハンセン氏病特集をやっている。
相変わらずのマッチポンプ振りには、イヤハヤ……。若い人達はハンセン氏病(いわゆる癩病)なんて知らないだろうなあ。
いわば医学界での部落問題みたいなもんだから。
私はエイズ患者の人権問題には非常にうさん臭さを感じてイヤだった。
なにせ、いまだに癩病患者は孤島に隔離されているのに、なんじゃそれ! って 感じ。癩病を隔離するのならもっと怖いエイズ患者こそ隔離せにゃいかん。 もうと っくの昔に癩病には特効薬が発見されているのに、エイズはまだまだ。癩病というのは、神経癩と結節癩とがあって、どちらかの一方はからだが崩れてい く地獄の業病、親戚に一人でも患者が出ると一族全員差別のどんぞこ。もちろん婚約 破談も数えしれず。
癩病患者の悲惨さとともに命の意味を痛切に訴えてくるのが、川端康成に認められ て 作家デビューした癩病発病者、北條民雄の短編小説『命の初夜』。 読み終えてし ばらくはメシが喰えんかった。
この小説はいまでも売っているはず。人間、いっときくらいシリアスになってみた かったら超おすすめの本。ただし、人生観がかわっても私は一切、責任は持たない。
《言いたい放題2001/4/13版》〈最近の競馬は分かり易くなったぞ〉
私は趣味が多い。というか気が多すぎるのか。第1の趣味は酒だが、これはもう生 活の一部なので趣味とはいえないだろう。
私の趣味の第1は鉄道。それも今にもつぶれそうな地方の小私鉄のファン。火曜日 も時間を作って霞ヶ浦の近辺を走る鹿島鉄道に乗ってきた。沿線にはまだ桜も多く、 ちょうど女高生たちの下校時間と重なり、とてもにぎやかな車中だった。鉾田から新 鉾田へ出て、鹿島臨海鉄道で水戸へ……。まあ鉄道趣味はおいとくとしても、拙著『音の後進国日本』でJRの駅音を話題にし ているのも鉄道趣味の反映と言える。わからず屋のテッチャンからは総スカンをくら ったけどね。
あとの趣味はSF小説を書くこと。これは最近やっていない。UFOを追っかけること 。これも最近は力が入らない。前は囲碁も大好きで、一時、碁会所を事務所代わりに 使っていたこともあったが、三連星にこだわりすぎて一向にうまくならなかったので やめた。私はいい読書家ではないが、陰謀史観系の本は浴びるほど読んだ。本当にく だらない金太郎飴的ユダヤ論もたいてい目を通しており、別に本気にはしていないけ ど、これから述べる競馬論には間接的にたいへん役立っている。
また、私はプロ野球、それも、猛烈な近鉄ファン。今の日米野球の違いについても 書きたいが、これは次回送りにしよう。さて競馬だが、私は10年位前、中央競馬会の場内FM放送で司会をしながら予想をや って、合間にヴァイオリンを演奏していた。井崎脩五郎氏、原良馬氏たちとマイクを 並べて、クッチャベリながら。
私の物の見方はまず陰謀史観的なので、普通の人がまともにする予想なんてしない し、予想家のいうことも全く信用しない。
かつて一世を風靡した高本式という予想を知っておられる方は多いだろうか。私は 一時、高本氏の事務所にもよく出入りしていたので、私の予想の根拠は、高本式と言 ってもいいかも知れない。高本式はよく、ダジャレ馬券と言われるが、そんな面は4 分の1もないと思う。高本式を知らない人には、詳しく書きだすとキリがないので、 私の競馬観は高本式に影響を受けていると思って読めば大体想像がつくと思う。
まず、競馬会の内部の人間と一般のファンとの間には、決定的な考え方の差がある ことを認識しなければいけない。それは、「公正」という考え方で、一般の人はあく までも競馬は「公正」に行われることを前提に物を考えたがる。しかし、負けがこむ ほど、何か変だなとは誰もが思い始めるのに、それを追及しようとはせず、ただ感情 的に「ありゃ、八百長だ」と負け惜しみを言うだけである。ファンにとっての「公正」なんて、絶対に望むべくもなく、競馬は絶対的に管理さ れており、向こう(JRA側)にとっての「公正」とは、まず、全レースのジョッキー が安全に回ってくることが第一であり、そのために、「展開」が重要なカギになって くる。つまり、殆どのレースで勝つ馬は決められているという前提に立たない限り、 岡部が10レースも乗るような無茶なことはできない。だから、私の予想は、いかに事 前に決められた勝馬を見つけ出すかということにかかっている。
最近、ただでさえ競馬の売り上げは落ち込んでいるのに、TOTOのせいで、相当の脅 威にさらされているせいか、ここんとこ信じられないような分かり易いレースが多く 、私にとっては面白い展開になってきた。
先週は桜花賞、4枠のテイエムオーシャン、一本かぶり。これを素直に信じるか、6 枠のダイワルージュから入るか、どっちかの選択だった。
私は結果的にはダイワルージュの単複しか買わなかったので、3着の複勝はとった が、なぜテイエムを買わなかったのか。配当が安いという理由ではない。土曜日の昼 頃のレースの4枠に「ノボサクラ」という馬が2着で穴をあけた。桜花賞の週だから、 「サクラ」が来たという単純発想もいいが、実はすごく分かり易い根拠があった。隣 の馬が〈カサブランカ〉名だったのだ。その馬の名は忘れたが、〈カサブランカ〉名 とは、高本氏の命名で、馬名の始まりと終わりが同じ音の馬(アイランドモアとかキ タイツキ等)隣の馬や枠に要注意、という方式である。
事実その通り、ノボサクラが穴を開けた。4枠のサクラ馬名、これは日曜日の桜花 賞の4枠を暗示しているのかどうか、をどう考えるかだったが、私はあまりにも分か り易い4枠を嫌って単勝はとれなかった。以前なら、こんな分かり易い結果にはなら なかったのだが。
また、土曜日の大阪のメインでは、なんと「ロロ」という、もろにカサブランカ名 がいて、その隣が1着し、私は単複とも取れた。
また、別の中山では、キタサンチャンネルという北島三郎氏の馬が3番ゼッケンを 付けて1着した。もうひと月位前だろうか、夕刊フジ賞というレースがあり、その前日の夕刊フジの トップの見出しはなんと、あまり重要でないコロムビアの日本人誘拐だった。私は変 だなあと思いつつ、夕刊フジ賞の出馬表を眺めた。何か、コロムビア事件と関係ある ものはないかと思いつつ。すると、シンボリスナイパーという馬を見つけ出した。ゲ リラはスナイパーである。そして、一番外にはカチドキリュウという全く人気のない 馬がいて、もしスナイパーを負かしたら、カチドキをあげるということになるが、ま 、そんなバカな、そこまではやらんだろうと思い、中位の人気のシンボリスナイパー の単複だけを買って見ていたら、結果はなんと、ブービー人気位のカチドキリュウが 1着で、2着シンボリスナイパーと、まるで絵に描いた筋書き通りに決まり、馬連は7 万円馬券だった。
高本的勝利の数々の経験はたくさんあるので、書くと自慢話になってしまうのでや めとくが、ひとつだけ。随分前だが、未勝利戦に初登場して、全く人気のない「パス トラーレ」という馬が6枠6番だったので、私は周りに、冗談だと思って「パストラー レ」を買ったらと奨めたが、誰も信用しなかった。結果は「パストラーレ」見事に1 着。単勝がたしか9800円ぐらいだった。
なぜ全く人気のない「パストラーレ」を買えたのか。これこそダジャレだが、ベー トーベンの「田園(パストラーレ)」は6番シンフォニーなのである。競馬は、少しナナメに、いろんな知識を利用すると結構分かり易いものなのである。
《言いたい放題2001/4/3版》〈2002年バブル再来〉という本について
アスキーから出版されたばかりの、増田俊男著「2002年日本経済バブル再来」( 1500円)という本は、いろんな意味で実に刺激的で、陰謀解明という推理ものとして も格好の材料なので紹介したい。ぜひ読んで、私に意見もほしい。
結論から先に言うと、アメリカは経済破綻を目前にして、本物の底力のある日本を 、今一度バブルにしてアメリカ製品を買わせないとアメリカがつぶれる。現にITでウ ソッパチの夢だけで好況を煽ったクリントンの化けの皮がはがれ、今度はブッシュの 共和党によって、ディープアメリカのオールド・エコノミーを掘り返さないと保たな いので政権交代したというもので、その標的の一番が日本バブル再生であり、それは もう始まっている。2000年の春先から株は上がり始め、2002年には日本の株式はバブ ル再来になり、もう一度、日本にアメリカ買いを促そうというものだ。
私は、もともと極端なあまのじゃくなので、殆どの人がデフレをまともに正面 から 論じて、銀行の再編じゃなんじゃ、借金666兆円でこのままじゃ日本崩壊じゃ、とか いう在り来たりの経済論にはウンザリなので、あえて裏道に人の知らぬ花を論ずる、 このような本には大変シンパシーを抱くのだ。
この本だけではなく、よく言われるのは、アメリカは世界中から金を収奪して、自 分だけがいい生活を送る仕組みだけを研究・実践しており、民主党=ダマシ、共和党 =脅し、という図式でこの本は述べている。すべからく外交というものは常に、その どちらかを使い分けして国益を守っているのであり、その両方を知らぬ日本は世界か ら格好のオモチャにされている
この本ではブッシュは、中国に大いにチョッカイを出している、とある。この本は 2月に書かれているが、事実はその通りになり、アメリカの偵察機が海南島に着陸し た。
また、森が訪米して、最後通牒のような脅しを入れられたか、その後数日たって日銀 の量的緩和策が打ち出された。普通の人に量的緩和なんていったってなんのことやら 分らない。もうちょっと分かり易くいうと、調整インフレということで、これはデフ レを救うための最後の禁じ手で、極端なことを言うと、第一次大戦後のドイツやフォ ークランド紛争後のアルゼンチンみたいに、不況脱出の為に根拠の無い紙切れを刷り 続けることによって、金がだぶつく状態にすることだ。ドイツとアルゼンチンの大失 敗は、根拠の無い金余りが、1万マルク紙幣を刷るというような天井知らずのインフ レを招いてしまう、大バクチなやり方をしたことで、日銀も遂にそこへ踏み切ったの が森訪米と時期を一にしている。
この本通りにいくのかどうか分らないが、アメリカの今の動きはこの本の通りにな っている。
詳しい内容とか、引用したいことは沢山あるが、それは私が書くよりもこの本を読 んでほしい。中でも2、3。
★アメリカ人は全く貯蓄性向がない。最新の統計では、貯蓄性向マイナス2%と出 た。これは、50万の可処分所得者は全て消費し尽くした上、月に2%、つまり、1万円 ずつ借金して消費に回す、ということである。
★今の日本の銀行は、全く本来の銀行業務は放り出して、不良債権者同士が合併を 繰り返し、戦艦大和のように沈没するだけであり、本来の銀行業務は、新しい会社か 別のヘッジファンドに移っている。もう銀行不要の時代になっており、資本主義も民 主主義も総て崩壊を目の前にしている(ブッシュとゴアの争いで、民主主義はウソッ パチであったことがさらけ出された)。
★資本主義崩壊の前兆として、情報帝国主義の時代がやってくる。 etc.……***********************************
著者は、アメリカでの実業界に身を置いてきた人で、現在、サンラ国際信託銀行会 長。
この本はバブル再来を希望の拠り所としているのではなく、日本が国際的リーダー になる処方箋を思いもよらぬ提言で示している。その逆転的でアグレッシブなのをひ とつ。★「2005年、アメリカ大統領に憲法を押し付けた謝罪をしてもらう」
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最後にこの本の「あとがき」を引用しておきたい。
――――怒濤のようにアメリカに向かって流れ込んだ世界の資金が、アメリカの国民 と政府の懐を満杯にした。破裂寸前まで膨らんだ国民の懐から水がIT、ドットコムと いう名の砂浜に流れ出したと思ったら、一時は水が溜まっていたが、あっという間に 砂に吸い込まれてカラカラになってしまった。だが、まだ世界のお金はアメリカ政府 の懐にいっぱい残っている。
しかし、アメリカ国民はすってんてんになってしまった。贅沢をした昨日を懐かし がっているうちに、会社から解雇通知が届く。アメリカは、他人のお金を使い込んだ 罰を思い知らされることになる。
やはり、人のお金を引っぱるのではなく、真面目につくった物を他国に売らなけれ ば駄目である。そうすれば、使い込んだお金も少しは返せる。そのためにアメリカは 、ブッシュを大統領に選んだのである。ブッシュよ、日本へ物を売れ!
だが日本は、アメリカの製品など、とても買える状態ではない。売れているのは、 ディスカウントショップだけである。
ブッシュよ、日本の株を上げろ! もたもたするな!
日本の国民に不労所得をばら撒け! 日銀にお札を刷らせろ!
森首相に早く株価対策の法律を通過させろ! 大蔵省に命令して、嘘でもいいから 「不良債権は全部償却した」と日本の銀行に報告させろ!
日本をバブル化しろ! いますぐ日本にアメリカを買わせろ! なりふり構わずア メリカを買わせろ! いつかのように、めちゃくちゃにアメリカを買わせろ! 早くしろ! わかったか!
「資本の意志」は、いまかなり慌てている。――〈増田俊男著『2002年日本経済バブ ル再来』(アスキー)より〉
《言いたい放題2001/3/7版》〈最近取材が多いこと。そして、TBSラジオ「アクセス」について〉
『スタジオボイス』2月号に私の記事が載っていたことは書いたが、その後、何人か の取材を受けた。『クッキーシーン』は3月10日発売の予定、また、円谷プロの特撮 に限ったオタク情報誌が発刊されるらしく、その中の音楽特集とやらで取材を受けた 。
最近の若い連中に私のファンが増えているらしいとのこと。まあ、嬉しいことだね 。中でも「怪奇大作戦」「大江戸捜査網」のファンが多く、中には私が日活ロマンポ ルノ直前までやっていた、B級、C級のポルノまがいのものまで追っかけている人もい るらしい。
まあ、最近のように、どんな音楽ジャンルでもリミックスできてしまう時代になる と、いまさらジャンル分けして聴くのも変だと考える若者が増えるのも当然で、それ も時代の流れだろう。『スタジオボイス』にも書いていたが、いわゆる内職として映 画やCMや劇伴をやっていた作曲家たちも、手を抜いていたのが脱落した、とあるのは ちょいビクッとするけど、よく考えれば、私は、自分のパターンは押し付けたが、手 抜きはあまりやっていない。「怪奇大作戦」はあまりにも忙しすぎた最中なので、あ まりよくは覚えていない。というより、セリフもSEも入っていないフィルムを見るの は正直、気持ち悪く、「オレはなぜこんな仕事をしなければならないのか」と思いつ つ、怖い音楽を作るのがとても大変だった記憶は強烈にある。
「大江戸捜査網」はよく覚えている。時代劇をやったこともない日活が引き受けた時 代劇。さて音楽は、というと、一番時代劇には向いていない人間ということで私が起 用されたのだ。
「あのテーマのインスパイアは実はバカラックなんだよ」と言うと、みんなびっくり する。もちろん私は、もろコピーなんて絶対にしない。あの曲も、西部劇によく使わ れるミクソリディアンモードをバカラック風リズムで味付けしたものだ。まあ、その 辺の話は『クッキーシーン』に詳しく出ているはずなので……。
3月12日のコンサートの件で、東京新聞の記者が取材に来てくれた。7日か8日の夕 刊には記事が出ると思うが、この中で面白い話ができた(といって、それが記事にな るかどうか分らないが)。それは、最近の音楽やテレビ、ラジオの音楽の使い方、特 にニュースのバックに、まるで作曲支援ソフトか何かで作ったようなこざかしいリズ ム系を流すとは何事か、という話だ。
テレビのバラエティやワイドショーは言うに及ばず、AMラジオの朝の番組でも、キ ャスターたちの世間話には効果を付けず、「それではニュースを」と言ったとたん、 ドッチカバッチカと汚らしい音を流す。もう気になって、何のニュースか集中できな い。ニュースの重要性のランクのレベルを一定化させる為の作為としか思えない。
この件で、とても面白い番組があった。それはTBSラジオの「アクセス」という番 組で、夜10時から小島慶子が担当しており、日替わりゲストとニュースをトークする 番組で、月に2回の月曜日、あの田中康夫氏が出演する。この間の(10日ほど前)月 曜日、田中康夫氏は信濃毎日放送からの生出演だった。番組は、例によってどうでも よいドッチカバッチカのリズムで始まり、康夫ちゃんの闘いぶりの報告、少しして、 それでは「脱ダム宣言」をもう一度読み上げようか、となった時、勇敢にも、小島慶 子さんはディレクターに向かって「BGMをやめて下さい」と言ったのだ。大したもん だよ、小島さんは。おかげで「脱ダム宣言」、静かに深く私の胸にしみ込んだのだ。 全国の放送局の連中に言う! ニュースのバックに無用の「音楽まがい」を流すな!
《言いたい放題2001/3/6版》〈ついに出た、アメリカ原潜・真実の航跡図〉
日曜日の(実は土曜日の再放送)「パック・イン・ジャーナル」(朝日ニュースタ ー)は、スリルあふれる、実に面白いニュース・ショーだった。
番組が始まる2〜3分前に『AERA』の編集長・田岡氏のもとに、米原潜グリーンベイ の詳しい航跡図が届いていたのである。実は、新聞各紙でも発表しているが、あまり 重くは取り扱っていない分、あのオンエアでの混乱と騒ぎ振りは実に面白かった。「 面白い」とは実に不謹慎だとは私も思うが、ことはそれほどに周章狼狽するような内 容だったのだ。この番組は2時間で目標5つのテーマを掲げ、愛川欽也以下5〜6人で意見交換をする 、今では日本で一番面白い過激なニュース・ショーである。
当日は、原潜問題は5つ目で、たいていの場合5つ目まで立ち入ることはほとんどな いが、その日に限ってはノッケからアメリカ情報を読みふける田岡氏にみんなが群が り喧々諤々。結局、番組中に翻訳し終えて、最後に発表することになった。さて、その航跡図だが、潜望鏡を覗く水深、つまり20〜25メートルくらいまで浮上 し、その状態ではえひめ丸まで約2キロ、2つもある潜望鏡が、えひめ丸を見落とす距 離でないことは明白。なにやら1台は壊れていたとの情報もあるらしいが、そんなバ カなことがあるもんか。そして、ソナーでも上に船がいることを確認している。そし て、そのあとの航跡がすさまじい。そのまま、まっすぐ降下して急浮上したのなら何 の問題もなかったのに、なぜか原潜は左に急旋回し、えひめ丸の真下に位置してから 急浮上してぶつかった。
田岡氏、何度も、なぜ左に急旋回したのか理解に苦しむと言っていたが、私は前に も書いたが、プロは一度狙った目標は外せないものだ。もし、民間人が舵をとってい たとしても、あの「民間人」の連中はブッシュに強力に協力した人たち。中には海軍 のOBが居たかもしれない。まあ、憶測はこの辺にしておくが、急浮上の直前の左旋回の真の理由が明らかにな らない限り、9名の命は浮かばれない。
土下座を要求するなんて下品な行為は取らないで欲しい。被害者が世界に恥をさら すのは、山一の社長でもうたくさん。もっと毅然と厳重に抗議しなければいけないけ ど、私が大支持する森首相、まさに、想像できない対応ぶり。あの人は実に得難い異 常性格者だ。
《言いたい放題2001/2/24版》〈えひめ丸――つづき〉
いろいろと原因が取り沙汰されているが、やはりソナーはえひめ丸を捉えていた。 しかし、民間人が邪魔で艦長に報告できなかったんだって。ウソつけー。
日本の降伏文書を交わした戦艦ミズーリ保存会の連中を民間人と呼ぶのか。あの連中 のこと、「またジャップ野郎がパールハーバー附近をチョロチョロしやがって、ソナ ーで捉えた日本船をいっちょ威かしてやれ」――というのが事実ではなかろうか。
さて、プロになればなるほど、一度標的を定めると、それを外すのは難しい。ピッ チャーが、キャッチャーのミットを見ながらワザと暴投するのは不可能に近い。だか ら江夏があれほど褒められるわけで(ワタシャ近鉄ファンなので、あれには頭にきて るが)、敬遠の四球を暴投してしまうのも似たようなもんだ。
アサヒニュースターの「パックインジャーナル」という番組で、『AERA』編集部の 田岡氏、いつもは鋭い軍事評論をするのに、先週は「あれはおかしい、信じられない 」だけを連発。言ってみぃや、もうちょっとハッキリと。やっぱり朝日だからダメか なあ……。
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書き忘れたことを追加。 この事件で一番不可解なのは、絶対に自分の非を認めないアメリカが、森首相がゴ ルフをやっている時に、まず自分の非を認めてしまったことだ。これは、非常事態で ある。アメリカ人は正直だなんて、絶対に思わない方がよい。アメリカは、交通事故 に遭って自分が悪くないのに ”I’m sorry.” と言うと、その人が悪いことになっ てしまう国。その軍部が非を認め、謝るなんて、異例中の異例、自分達の日頃の行動 を思えばこそ。
日本人は全員怒り狂った方がいい。もう二度と「リメンバー、パールハーバー」な んて言わせるな!
《言いたい放題2001/2/16版》〈えひめ丸は仮想敵国の標的にされたのではないか〉
どうも解釈しにくい変な大事件が起こった。あんな広い海で、偶然に体当たりした とは絶対に考えないほうがいい。
潜望鏡がどうのこうの、ソナーがどうのこうのと言ったって、何の意味もない。ど この国でもそうだが(多分、自衛隊だって)、飛行機でも船でも、相手国が分ってい て民間用のものを仮想軍事目的の標的として訓練していることは常識である。だから 、あの潜水艦は、目標寸前に停るつもりだったか、かなり際どくえひめ丸の近場に浮 上するか、どちらかだったに違いないが、ブレーキが効かず体当たりしてしまったと しか思えない。場所がパールハーバーの近くで、しかも民間人が舵を握っていれば、 「あのジャップ野郎」ぐらいの感覚だったのだろう。
森首相は多分、9人の犠牲者が出た大したことない事故としか認識せず、大好きな ゴルフを続けたのだろう。
森首相バンザイ! もっと長く首相を続けて、もっともっとみっともないことを重 ね上げ、1冊の本になる位のエピソードで燦然と輝く歴史的首相になってほしい。
愛媛県知事は、前JASRAC理事長の加戸氏であることをお忘れなく。
《言いたい放題2001/1/26版》
〈再びエシュロン問題について〉前は「エシェロン」と書いたが、今後は「エシュロン」と書く。
私の所へある人から、「エシュロン問題」を関心を持って読んだとのメールが来た 。しかし、その人はNSAの存在が分らなかったらしく、NASAと混同していた。 たしかに、NSAの存在はかなり長い間秘密にされていたようで、未だにアメリカの スパイ組織といえばFBIかCIAと思ってる人も結構多いようだ。検索エンジンで「NSA 」と打てば、ものすごい量が出てくるし、私が書かずともエシュロン問題もガンガン 載っている。ところで最近、エシュロンの膨大なデータベースが壊れたと言う話は御存知だろう か。あまりにもデータを詰め込まされすぎたコンピュータが氾濫したらしい。いい気 味だ。ちゃんと直すには2年かかるという噂もある。その間に日欧連合は頑張ろうじ ゃないか。
以下の話は自慢話でもないしエシュロンとも関係ないが、少し不気味なことに、私 は関わったので書いておこう。
もう25年くらい前になるが、ある米国系の音楽出版社と仕事をすることになり、打 ち合わせに行ったところ、いきなり、プロフィルは持って来たかと言われ、うろたえ た。そんな自己PR用のプロフィルなんて一切作ってなかったので「ない」と言うと、 担当者は、「じゃ少しお待ち下さい」と言って別室に引き下がり、やがて、「あと30 分くらいで全部分りますから」と言って、まるで関係ない世間話を始めた。そして約 20分くらいたって女性秘書が数枚の英語のテキストを持って来て、担当者はそれを見 つつ、「フンフンフン……」。私は狐につままれたような気分で「それ何ですか」と きいたところ、「いやなに、ニューヨークにちょっと問い合わせただけですよ」と平 然。
実は、アメリカ系のこの出版社のニューヨーク本社のデータベースに私のデータが あるかどうかを問い合わせた結果とのことで、なんと私の情報は詳しく調べ上げられ 、登録されていた。結果的には、そこに登録されていたのが信用になって仕事になっ たのだけれど、嬉しいのは20%くらい。あとは奇妙な薄気味悪さが残った。私は、ど ういう基準でデータベースに載るのかときいたが、それは秘密だということで教えて くれなかった。私の知っている有名な作・編曲家の名前をたくさん並べ、載っている かどうかだけでもこっそり教えてくれと頼むとニヤニヤしながら教えてくれたが、私 の百倍くらい有名な人でも載っていない人は多かった。 後日、防衛庁に出向していた通 産官僚にきいたところ、「玉木さんは多分、C級だ と思うよ」とのこと。データベースの好きなアメリカ人は、他国人のことも根こそぎ データ化しているとのことで、C級とは、地域住民に影響を与える人物ということだ と言っていた。知ったかぶり専門の東大法学部出身だから、嘘八百並べて私をケムに 巻いたのかも知れない。しかし、最近になってある程度のことは分ってきた。今は違 うかもしれないが、当時は、NHKの仕事をした人間は全て調べ上げられ、データ化さ れたらしいというのだ。私より超有名でもNHKの仕事をしたことのない人は結構多く 、だからデータ化されなかったんじゃないだろうか。
その引き継ぎがエシュロンだとしたら、大変こわい。
《言いたい放題2001/1/12版》
〈『STUDIO VOICE』2月号に、私が紹介されている〉『STUDIO VOICE』2月号は日本の作曲家特集。ロック、ジャズ、クラシック、邦楽、 演歌等々、全てのジャンルの作曲家を系統樹のように表にしつつ、目ぼしい人物22人 を写真入りで紹介している。なんとその中に私が登場しているのだ。
全てのジャンルを包含しようとする編集意図のもと、私の知らない人も多いが、い ずれも個性むき出しのバリバリ存在感のある人ばかり。その中でも、私は超個性的な 紹介をされている。キャプションからして「濃密かつ強力な自我」ときたもんだ。読 み進むとまさに赤面、冷や汗ターラタラ。こりゃ、一種のホメ殺しじゃないかとも思 えなくもないほどの濃密ぶりである。また、私の隣が間宮芳生氏。な、なんという並 び方……。
親しくお付き合いさせていただいている櫻井順氏が紹介されているのは痛快だが、 小林亜星、すぎやまこういち、三枝成章、武満徹、前田憲男、服部克久、坂本龍一等 々、私より百倍も千倍も有名な人が全く紹介されていない。これはよほどひねくれて 、知られていない人物ばかりの紹介かと思うと、ちゃんと中村八大や宮川泰、大野雄 二という大御所も取り上げている。ただし少々困ったことがある。作曲家の表の中で 、私の活字の級数はけっこう大きいのだけど、我が師匠・山本直純先生が私より字が 小さく、師弟関係のラインでは、私の方が上の方に位置しているので……。まさか、 私が直純さんの師匠だろうなんて思う人はいないだろうから、まあいいか。
『クッキーシーン』というオタク系雑誌の来月号でも私のことを取り上げてくれるら しい。このような動きをみていると、私とはかなり離れたジェネレーションの若者に 、少しずつファンが増えているようだ。私と同年代か、私の活動をよく知っている人 たちからは、才能を浪費する世渡り下手の変人としか思われてないけど、ネット時代 となった今日、若者たちのものの見方は昔とかなり違ってきたなと実感させられる。
《言いたい放題2000/12/08版》
〈『マルコヴィッチの穴』を観てシバシ放心〉私は映画はほとんど観ない。観るより創る側にいたせいもあるし、私が若い頃、邦 画・洋画で絶対的と思えるものを見てしまったせいだともいえる。邦画はあの鈴木清 順監督が日活をクビになった『殺しの烙印』、洋画は『去年の夏マリエンバードで』 、そしてインド映画の古典とも言えるサタジット・ライの『大地の歌』。それ以来、 仕事として創る方(もちろん音楽担当)に回ると、どうしても見方がすなおではなく なってしまう。
それでもなお、私の映画の趣味ははっきりしている。よほどのことがない限りリア リズム社会派とおセンチ恋愛ものは大キライ。時間のムダ。どうせ高い金払って見る んだから、日常から逸脱した超ハチャメチャ、シュール、ドタバタ、SF、ドンデン返 し――そういうものでないと、観た後腹が立ってしょうがない。『マトリックス』だ って、私は純正律の比喩として「赤カプセル」なんて言ってるけど、あまり好きな映 画ではない。
話は変わるが、最近私は飛蚊症なのでめっきり読書量が減り、その反動か、あまり 好きでなかった映画への欲求が目覚め、2日間立て続けに2本を観てしまった。火曜日 はなんと『インビジブル』。これは仕事仲間から特撮の水準を見ておいた方がよいと 言われて観たが、はっきり言って最悪。マッドサイエンスものの焼き直しで、ストー リーみえみえ。大変腹が立った。そして水曜日は映画の日で一律1000円。京橋まで出 掛けて『マルコヴィッチの穴』を観てきた。今日のテーマはこれ。
映画には疎い私がこの映画が気になったのは、「スパイク・ジョーンズ」初監督と いう謳い文句だった。なんと、私の高校時代の冗談バンドで世界中にヒットしたスパ イク・ジョーンズは、うがいの声で「ウィリアム・テル序曲」を歌い、ハチャメチャ 競馬中継をやる、ものすごい高度な冗談バンド。それに影響を受けたのが「ハナ肇と クレージーキャッツ」、その弟子筋がドリフターズ。そんなカルチャーショックを与 え続けたのがスパイク・ジョーンズ。しかし、年代的に言って、同一人物のはずがな い。ということは、よほどの思い入れと覚悟の上での名乗りだと思うが、いやはや、 とんでもないハチャハチャシュールで、私は映画で久し振りにカルチャーショックを 受けた。
何せ冒頭のパペートの踊りのバックがバルトークの“弦チェレ”で、しかもこれが ピッタリ。ストーリーは詳しくは書かないが、ある穴に忍び込むとマルコヴィッチと いう俳優の脳に入り込むのだけど、このマルコヴィッチは現存の本人が出演している 。シュールやSFを越え最大級に下品でお下劣最高級の芸術作品だ。ホメスギかな? いや、そんなことはないと思うよ。テーマソングは大したことはないけど、ビョーク が歌ってるしね。見終わってから、プログラムとCD買ったけど、後悔はしてないね。 ああ、おもしろかった。
《言いたい放題 2000/12/06版》
〈国会議事堂見聞録〉日曜日、議会制定110年記念として、国会議事堂が一般公開されているときき、午 後出掛けた。いや、ヒマなんてあるわけないが、裁判所と国会議事堂は死ぬまで入る ことないかも知れないと思っていたから、土曜の夜、一般公開のことを聞き及び、出 掛けたわけである。あまりPRもしていないようだったから、誰が来るのかと思ってい たが、地下鉄の駅では係員が何人も出て誘導中。いや〜な感じがして地上に上がると 、かなりの人がゾロゾロ歩いている。そして国会正門前で整理券をもらうと、多分1 時間待ちくらいと言われる。時は12時半くらい、国会の正門前の左右には公園があり 、屋台も出ている。
私がいちばん拍子抜けしたのは、一切のID調査も持ち物検査もないということ。あ んな所でテロをやろうと思えば簡単だが、いまさら国会爆破などと誰も考えつきもし ないということか。そう思って周りを見ると、まるでお上りさんの社会見学風な中年 と子どもばかり。またみんな、揃いも揃ってキタナ〜いカジュアル、つまり、競馬場 風のおっさんと窓口のオバハンみたいな人ばかり。私はと言えば一応、国会に敬意を 表し、一丁しかない背広の上下(いやなに、その前の日のままのカッコウ)で、周り から一段と浮いた気分だった。まず、ディズニーランドに行きそびれ、金のかからな い時間つぶしの家族が多かったのだろう。もう待つのもバカバカしくなって帰りたい 気分になったが、我慢に我慢を重ね、中に入った。
待ち時間中の意外な収穫は、尾崎行雄記公園に建っている時計塔。正一時に音が鳴 りだしたが、これが、意外と音が透明で、それなりにハモっている。純正律とは言え ないかもしれないが、音自身も透明で日本でもこんな音があるおかと不思議に思い、 解説を読むと、なーるほど。スイスよりの寄贈とあった。なーんだ!
さて、国会の正面玄関は一般に開かずの間と呼ばれ、皇室の出入りと新人議員の初 登庁以外には開かないという所を、お上りさん一行とゾロゾロ入り、衆議院の議会と 各党の控室などをのぞき、赤絨毯を踏んでいるうち、実に寒々とした恐ろしい虚無感 を覚え、そうそうに逃げ出した。
とにかくあそこは汚い。建物が、というわけではない。存在感そのものが汚い。中 に巣喰うヤカラの腐臭がそのまま住み着いている。あれでは、どんな青雲の志を抱い て入っても、すぐに議員病に罹る。
多くは語りたくないが、二度とあんな気持ち悪い所には行きたくない。東京遷都大 賛成。とにかくまず国会議事堂からどこかへ行ってもらいたい。
《言いたい放題2000/11/14版》なんだ、なんだ、今ごろ優柔不断のゆるフン野郎の加藤紘一が騒ぎ始めて……。大 体、タイミングが悪すぎるよ。いくらお前さんが叫んでも首相は小泉じゃないのかい 、下手したら亀井なんて手もある。テレ朝系のサンデープロジェクトで中曽根が亀井 をバカ褒めしていたしな。
鳩山は鳩山で、自民党を離党したら応援する、なんて、まるで他人の家族関係に手 を突っ込んだような失礼千万な言い方をするし。
わたしゃ、今ごろの森首相交代には猛反対する。あんな面白い大人物はいないじゃ ないか。おだてりゃ、これからも独創的な失言(おっと、思想とか言説と言い換えよ う)の数々が山ほど生み出されるだろうし、それこそ日本始まって以来の歴史的な総 理になるのは間違いなかろう。
あんなフニャチンの加藤や、一本槍トンガリ野郎の小泉や、ドブ亀より、今のまま の森のパフォーマンスの方が、断然面白い。わたしゃ、森支持だ。やめるなぁ、やめ させるなぁ、森さん、ダーイ好きぃ!
《言いたい放題2000/10/26版》〈奇々怪々、森首相の拉致問題発言〉
最近一番面白いパフォーマンスは森首相の粗忽発言で、みんな「文句タラタラ」は 表面上で、次はどんな粗忽があるか、ワクワク・ドキドキさせながらけっこう政治フ ァンを増やしているのではないだろうか。
あの無責任、堂々社会の窓オープン主義の首相のこと、これからもいろいろあるだ ろうけど、どうしても一点、納得のいかないことがある。それは、例の北朝鮮拉致問 題の変な解決法を「ウッカリ」ブレア首相にしゃべってしまった為に、外交のイロハ も知らない恥ずかしい首相として物凄いバッシングを受けているし、責任をなすりつ けられた中山正暉氏は、早速、官邸に乗り込んで怒鳴り込んだというが、どうも変だ 。
私もつい最近知ったことなのだけど、3年前、訪朝団の団長は森さんで副団長は中 山さんだったが、現地での記者の拉致問題に関する質問に対し、中山さんは次のよう に答えたそうだ。「拉致された人がある日テレビを見ていると、日本では自分が拉致 されていることになっていてビックリして連絡してくる――とまあ、そういう風なこ とが起こる可能性もあるかもしれない」というようなことをしゃべったそうで、私は ちゃんと読んでいないので間違いはあるかもしれないが、3年前、産経新聞にはちゃ んと中山さんの発言として報道されているらしい。ということは、この発言、ちゃん と深く追及すれば、今回の森発言に到達するのは当然のことである。前にそういう中 山氏の発言があったことも問題にせず、ただ単に森さんそ攻めまくるのは変だね。
しかし、森バカ殿、一向に言い訳しないのは偉い。実に変に偉い。例のクリントン との「フーアーユー」失言も、こんなものはずいぶん昔からアジア首脳の失敗噺とし て定着していたものであり、森さんが言ったのではないということはもう自明なんだ けど、それに対して、森さんが怒ったり言い訳しないのは実に変に偉い!
実は森さん、何でもさらけ出すフリして、とんでもないことを画策しているのかも しれませんなぁ……。
〈ますますひどくなるTV、ラジオの音楽垂れ流し〉
みなさんは最近のTVやラジオがどんどん音楽を垂れ流して騒がしくなっていることに気付いておられるだろうか。つい10年ぐらい前までは、CMになると急に音量 が大きくなるというクレームが各局によく来ていたが、最近は逆に、CMの音楽の方が静かで狙いがハッキリしているという逆の現象が起こっている。CMで透明系や癒し系が増えてきてホッとしていると、突然、リズム隊大暴れの下品な音楽攻撃で、「アッ、本編に戻ったんだな」と認識させられる。
私は年のせいもあり、朝の6時頃には目が覚める。それで、年相応にAMのラジオをサーフィンする。各局ともにニュースやその解説が、TVよりは突っ込みが鋭いのでよく聞いていると、本当に腹立たしいことが多くなってきた。男女の司会者のどうでもいい世間話はしゃべりだけなのに、それではニュースを、といった瞬間に、ドッチカ・バッチカと汚いリズムが始まる。特にメロディのない打ち込み風のBGに乗っかって、すごい悲惨なニュースがうすめられてアナウンスされる。私はどんな音楽でも楽譜化してきくのが職業病だから、私にとっては、二重言語を聞かされている感じで、とても疲れる。一般 の人は一体どうなんだろう。TV、ラジオから垂れ流し音楽を追放するキャンペーンをはらないと、TV、ラジオの為に神経症の人が増えるのは間違いないだろう。
これもすべてJASRACと放送局とのブランケット方式がもたらした弊害だが、一刻も早くブランケット方式をやめて、曲別 使用をオンライン化して、使用状況を赤裸々にしないと改善されないだろう。
《言いたい放題2000/8/15版》
〈ノーベル平和賞の争いのうわさ〉
以下の文章は単なるウワサの域を出ないので、フィクションとして読まれた方が面 白い話となるだろう。
まず、ノーベル平和賞では、現在、ダントツに群を抜いているのが南北会談を実現 させた金大中氏。ところが、これにはちゃんとウラがあり、もともと名誉欲の塊だっ た金大中氏、韓国の歴史に名を刻むチャンスを狙っていたが、その名誉欲の足下を見 透かしたのが、金正日。うんと世界の前で金大中氏をおだてあげて褒めまくり、すご い歓待ぶりのウラでは、ゴッソリ経済援助をものにしたわけで、金大中はいわば、金 でノーベル平和賞を買おうとしたことになる。
まあ、ここまでなら、多分そんなことだろうと誰もが納得するだろうが、このノー ベル平和賞争いにあせったのがクリントン。
沖縄のサミットをスッポかすのかとハラハラさせながら、1日遅れで到着、そして 、いかにもあわただしく帰り、サミットをいかにも軽視したように見せたが、実は全 く話が違い、クリントンは沖縄に世界中のスポットライトを浴びせ、やんやの喝采ス テージにする予定だったというのだ。その中身は、例のアラブ和平会談。実は沖縄へ 行く寸前に妥協線も決まっており、なんとクリントンは、アラブとイスラエルの両首 脳を相携えて沖縄に連れてきて、そこで一挙に和平協定の調印をするという筋書きだ ったというのだ。これでノーベル平和賞は一発大逆転、クリントンに転がり込むはず だったが、アラブ側もイスラエル側も早すぎる調印には帰国した時の身の危険が迫り 、躊躇した模様で、今回の破談は成功への道筋の一種の通過儀礼で、とても沖縄まで 行くことはできなかった、というのがクリントンの話。
さて、真相は薮の中。はたして……。
30日のテレビ朝日サンデープロジェクトで「エシェロン」の取材報告をやっていた が、実に恐ろしい話だ。
エシェロンは、この《言いたい放題》で以前にも紹介しているが、アメリカ、イギ リス、カナダ、豪州という、いわばアングロサクソン系が世界に張り巡らした盗聴 機構で、事実はエネミー・オブ・アメリカよりももっと上を行く恐ろしい現実で、 NY近辺の本拠地では、2万人の数学者と言語学者が結集して、世界中の電話、メー ル、faxを盗聴しているとのこと。もともとは冷戦での産物だったが、冷戦以後の存 在感に危機を抱いたNSAが矛先をヨーロッパと日本に定め、猛烈なスパイ行為をし、 ドイツもフランスも特許上の抜け駆けを受け、大被害を被っているとのこと。
そういえば、イギリスがなかなかEUに同調しないというのも納得できる。
番組の最後でアエラの田岡氏が言っていた言葉が気にかかる。
いわく、MSをはじめとするアメリカのソフトは全て、NSAが情報補足できる状態で 輸出しているので、システムごと盗聴されているとのこと。
ヒャヒャヒャ、早く俺も盗聴してくれぇ!
《言いたい放題 2000/5/19版》〈久し振りにハマッたドイツ小説『朗読者』〉
●ベルンハルト・シュリンク『朗読者』松永美穂訳、1995、207頁、新潮社、1800円
最近オープンした「掲示板」(ドシドシ書き込んでください)にも書いたけど、オブチは死に(本当にいつ死んだのかは不明)、63歳を迎える日だった6月25日が総選挙となる。報道管制そのものの最近の日本の危うさに本気で心配したり怒る人があまりにも少なすぎる。
バブル全盛期の日本にGNPで負けたドイツ人いわく、日本なんて、子供に全く人間教育をせず詰め込みばかりやっているから、あと10年ぐらいで滅亡の道へ陥る。だからドイツは何ひとつ心配ない、と看破されていた。そのドイツの小説に、久方ぶりにしびれた。作者は私の1年下の1944年生まれ。全く同世代の息吹が感じられ、また、彼我の風土のあまりの違いにも唖然とする。
以前は、この《言いたい放題》に、「最近読んだ本から」という紹介コーナーがあり、ある程度のリピーターも存在していたが、最近は全く本の紹介を怠っている。それは実は、半年くらい前に角膜炎になり、それが治って、眼の検査をしてもらって以後、飛蚊症(眼の前を黒いオタマジャクシが横切る。譜面 を書いているとオタマジャクシがダブり、大変いらつく)にかかり、ガックリと読書量 が減ってしまい、情報系の雑誌と音楽関係の本しか読まなくなってしまったからだ。
しかし、『週刊文春』の本紹介欄にて『朗読者』の存在を知り、あまり期待をせずに読み出したのが、何と、思わぬ 大収穫。こんなすばらしい小説は近来稀に見るものだ。アメリカでは200万部売れ、映画化決定していると言うのもうなづける。
ただし、この小説はシリアスでかなり重い内容である。15歳の少年と、20歳以上年上の女性との初恋、肉体関係、ひたすら彼女のために本を朗読する毎日、そしてある日突然、彼女が失踪する。そして法科コースに進んだ主人公がゼミの実習のためにナチ強制収容所の裁判の傍聴に行くと、そこで裁かれようとされている元女看守が失踪した彼女であり、延々と裁判は続く。ざっとそんな内容で、こんな紹介では重そうだからあまり食指が動かないだろう。私も少々思い気持ちで頁を開いたが、いい意味で裏切られた。なにせテンポが軽い。こんなにも重くてシリアスな内容が、まるで水彩 画のタッチのように淡い口調で語られていき、だんだんとイナバの白ウサギのようなヒリヒリした姿が見えてくる。といっても、正視に耐えられぬ ような悲惨さはなく、結末はなんだかミステリー小説風といえなくもない。
ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』(映画にもなった)以来のドイツ文学最高作といった謳い文句もあながちウソでもなかろうが、『ブリキの太鼓』に比べれば10分の1ぐらいの長さの、いわば中篇小説である。
とにかく読み易く、胸を打つので、時間のある方はぜひ、御一読を。
《言いたい放題 2000/5/9版》〈17歳問題、その他の雑感〉
★毎日、いやな事件が起こりすぎ、ついていけなくなったワイドショーの混乱ぶりがおかしい。
2日続けて起きた17歳の凶行。2人とも実名は明かされず、6歳の少女は実名で、しかもアイラインなしのまんま顔がTVに出る始末。誰がなんと言おうと、メディアは少年法を楯に実名報道しないが、呆れてものが言えない。過去の永山則夫事件は未成年だが実名報道したし、また、私が高校の時起きた、社会党書記長・浅沼稲次郎氏を日比谷公会堂の壇上で襲い、刺殺した山口二矢(やまぐちおとや)は、17歳にもかかわらず、凶悪事件につきということで実名報道、一部には写 真も出たような記憶がかすかにある。大江健三郎はその事件に触発され『セブンティーン』という小説を書いた。昔は実に堂々と実名報道をしていたのだ。もちろん、戦前ではないよ。その時のメディアの言い分、残忍きわまりない凶悪犯につき、実名報道するとのことだったが、一人一殺テロルの確信犯右翼の政治事件と、無目的のバスジャックと、どちらが危険なのか、誰にでも分かるはずだ。
私は子どもはいない。従って孫もいない。昔はよく、どうして子どもをつくらないのかと、バカな質問をする奴もいたが、最近は別 にどうってことはないし、少子化(いやな言葉だね)のさきがけにもなったようなもので、ザマアミロというような気さえすることもある。
思い返して自分の17歳、実にイヤな毎日だった。貧乏なのにガンジガラメの親の教育、周りと完全に孤立した疎外感と自己嫌悪にまみれ、実に危ない毎日だった。テルアビブの赤軍派乱射事件が起きた時、母親は「あの子があと2年遅く生まれていたら、と思うとゾッとした」と言っていたが、無理解のようでいて、私の血の騒ぐ新左翼的または極端な国粋主義的、暴力的傾向を、母親も察知していたようだ。長じて芸大に入り、護国寺の近くの日本愛国党(山口二矢はそこの党員)の前をうろついたこともあった。16から20歳は危険極まりない世代である。自分を持て余すあまり、無鉄砲、自暴自棄になりやすい。16歳以上はすべて実名報道、写 真入りで。そうしないと、少年院からすぐ帰ってきて、また再犯するかもしれない。それから、絶対に被害者の後追いはやめるべき。メディアは、法という名の下に強い庇護を受けている少年は深追いせず、やられた側の弱い立場の被害者を追っかけ回す。今のメディアはすべて人権蹂躙の大罪を犯している。
★石原都知事は、次は課長職の大幅リストラを考えているらしい。あの人は、次から次へと新しい話題を提供して前の問題を薄くしてしまう才能がある。先日の2回の記者会見に出たが、残念ながら……。
記者会見で宮崎学氏と会えたのは嬉しかった。宮崎学氏のHPの記事「小渕は二度死ぬ 」は非常に刺激的。ぜひ御一読を。
《言いたい放題 2000/4/25版》
〈石原やめろネットワーク記者会見記〉
私は今年の前半、桐朋学園の短大で講座を持ち、純正律関係の話をしている。それはそれで学生には大反響で面 白い話もいっぱいあるが、それはさておき、桐朋の講座は毎週金曜日、先週の21日がその日だった。大学は4時からだが、一応90分はこなさなければならないので、何を話すかある程度は用意しなければならない。それで、スケジュール的には、金曜日の朝考えることにしているが、この間の21日はそういうわけにはいかなかった。
去る12日の「石原発言に対する講義記者会見」の延長で、声がかかったのである。場所が衆議院第二議員会館の1F会議室ということで、とにかく国会なんかにはとても縁のない私のことゆえ、一度はその建物の中に入ってみるのはいいことだと思い、馳せ参じることにした。
しかし、その前日に、石原知事は、何かいい加減な発言で民主党に対し、謝ってもいないのに矛を収めようというミエミエの声明で、世間的にも何となく、もう許してやってもいいじゃないかというような雰囲気になりつつあり、10時から始まった、これからの運動方針会議でも、なかなか一挙にリコール運動に突っ込むという話にはならなかった。どうも日本人の集まりが悪く、本気で怒っている都民が少ないのが、はなっからあまり芳しくない雰囲気だった。
それでも、二、三、知らなかった情報があったので報告。外国人留学生を支援するボランティア運動のホームページにものすごい量 の三国人中傷のメールが殺到しているとのこと。差別意識の根強い年配の人ならともかく、もっと若くて差別 教育を受けていない若者に、三国人は差別してもいいんだという「イジメ」意識をくすぐった石原発言は、「パンドラの箱」を開けてしまったという発言。そして現実に、新宿歌舞伎町の在日中国人がボコボコになぐられて重傷を負ったが、その犯人は、47歳の普通 の日本人サラリーマンであり、これはどこにも報道されていないとのこと。まあ、いろんな意見もあったが、辛淑玉 さんが、息長く運動していく為に作ったシンボルマークを公表した。非常にかわいいロゴで「キャンディ・ストライプ」と名付けられている。ここに、いろんな国の言語で、分かるように言葉を貼っていくとのこと。辛さん、さすがに博報堂におられたこともあり、辛辣な発言だけでなく、カッコ良さも計算している。重苦しい集まりだったが、これには少しホッとした。そのうち私がサウンド・ロゴを担当することになるかもしれない。
会議は終わり、12時から記者会見。私は自分が言ったことだけを書いておく。 「石原都知事の三国人発言は、アメリカなら、ニューヨーク州知事が反ユダヤ人発言をしたようなもの。アメリカなら裁判になって刑務所行きでしょう。それから、日本人が怒っていないというのが非常に気になる。私の周りでも、せっかくいいことをやっているんだから、あの発言で辞めるというのはもったいないという意見が多い。しかし、よく考えてほしい。都知事という公職にある人は、本来、いいことをやるのが当たり前で、いいことをするために選ばれている。最近の都知事の思い付きがいいかどうかは別 としても、もしそれをいいことだと思ったにしても、ただの一つでも悪いことをしたり言ったりしてはダメだ。いいことをするのは当たり前だということを前提に、みなさんは提灯記事を書くのはヤメにしてほしい」
議員会館は古くさくてあまりいい建物ではなかった。夕方行った桐朋短大の建物と似たり寄ったりである。建物というのは、そこに住んだり出入りしている人たちの「気」によって、どれほど新しくてもダメな建物になってしまう例はいくらでもある。あの建物にはあまりいい「気」はない。
記者会見後、こんど社民党の品川から立候補される予定の梅蘭(めいらん)さんという中国人系美人歌手と昼食を共にした。彼女は4年前に日本が好きで帰化しており、そういう「日本好き」の彼女は今、非常に傷付いている。彼女は何度も、私は日本人、これは日本人として怒らなければいけないと言っていた。彼女のお住まいが乃木坂のお墓側、奇しくも私の事務所とはすごく近いのでデニーズで昼食をとった。
今回の話とは関係ないが面白い話を聞いた(食事中にね)。彼女の大学時代は恋愛御法度、バレたら退学。しかも高校から進学する時には身体検査があったという(何のなんて訊かないでほしい)。そんな信じられないような古お体質で育った彼女が、最近の中国の大学事情を嘆いていた。なんでも、北京の大学の構内には自動販売機があるんだという。何の販売機なんて訊かないでほしい。この変わりようの激しさ、中国はなかなか理解しがたいところがある。
《言いたい放題 2000/4/13版》〈石原都知事の大暴言に抗議する緊急記者会見に出席して〉
12日の午前10時半、都庁第一本舎の6階の記者クラブにて、辛淑玉氏をリーダーとする、石原都知事の自衛隊を前に演説した大暴論に対する抗議の記者会見が行われ、私も賛同者のひとりとして参加し、意見を述べた。
初めて入った都庁の薄気味悪さは尋常のものではないが、石原都知事は11時から7階で記者会見。その1階下で30分前に同じ都庁の中で抗議記者会見。これぞ開かれた民主主義そのものなのかねぇ。
冗談はさておおき、呼び掛け人は辛淑玉氏、佐高信氏、宮崎学氏、デーブ・スペクター氏、その他在日系の人たち何人かで、私は賛同者のトップに名があった。なんのことはない、辛さんからの電話ですぐOKの返事を出したトップが私だっただけのことだが。
石原発言は先刻御承知のこととは思うが、私なりにさらっておくと、東京に大震災のような惨事が起きた時、三国人達が騒擾を起こす可能性が大変大きいので、自衛隊は治安出動をしてほしいという、あまりにもバカげた、涙の出るほど情けない非国際的偏狭レイシストの発言だった。関東大震災の時、朝鮮人が井戸に毒を入れたという流言飛語で多数の朝鮮人虐殺を行ったのが、石原都知事の親の世代だったということを、あの人は忘れているのか、それとも、朝鮮人蜂起説を本気にしているのか、危険きわまりない人物が都知事になったものだ。
私は恥ずかしながら、2月の〈言いたい放題〉で、今度は石原に投票してもいいようなことを書いたが、恥も大恥、前言撤回と共に、もし大同団結があれば、都知事のリコール運動に参加したいと思っている。
さて会見は、辛さんの仕切りで始まり、呼び掛け人が順番に発言。あのグリ森事件の犯人に擬せられた宮崎学氏の次に、賛同者の1号として私に発言が回ってきた。それまでの発言内容は、辛さんにしても宮崎さんにしても、私から見ればかなり抽象的で観念的。情念の根底から発している湯気があまり感じられなかった。「三国人」という言葉の持つ意味性と存在感に言及した人もいなかった。私の発言を以下に書いてみる。
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私は「三国人」という言葉の持つ意味を徹底的に問題にしたいと思っています。都知事は芥川賞作家だから、言葉の持つ攻撃性は十分分かっているはず。今ごろになって「『三国人』とは外国人のことだ」なんて言ってるけど、全然違います。
私は生まれも育ちも神戸の、こてこての関西人で、両親から徹底的に差別教育を受けました。「三国人」とはどういう時、どういう風に使われたかを具体的に説明しましょう。私が子どもの時、親は私に向かってある人たちを指し、「あの人たちは三国人やから気ィつけや」と教えられた。「三国人てなにや」ときくと、「日本人とはちがう人たちや」という答え。「ほなら、アメリカ兵の白人や黒人も三国人かいな」「アホか! あれは外人や」「ほな、三国人てなんや?」「日本人みたいな顔して日本人と違う人や。朝鮮とか中国人とかや」「見分けつかへんやんか」「そやから気ィつけなあかんねん。知らん人見たら最初に、三国人ちゃうか、とうたごうてみることや。それからな、三国人の女の人はな、色が白うて、ものすごいべっぴんがおるんや」
あのう、この場で言うのは変ですが、辛淑玉さんなんか、うちの親からしたら、色が白うて美しい典型的な三国人ですわ。(辛さん思わず苦笑い)それで、親がいうには「べっぴんさんや思うて好きになったらあかんねんで。その女の後つけてみい、たいがい朝鮮部落へ行きよるわ」と、まあ、「三国人」という言葉は完全に差別 教育の結果です。石原都知事は半島の南北会談近しの情報もあったのでしょう、あまりにもタイミングが合いすぎている。たぶん、彼の「三国人」というのは、北朝鮮の総連系の人たちのことをさしているのでしょうが、バカな挑発発言をして、一体何を考えているのでしょう。絶対に都知事をやめてほしい。
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私はあがりまくってたので、もちろんこのようにすらすらと話せたとは思っていないが、関西弁を交えると実に話しやすいので、JASRACの評議員会よりは楽だった。 そして賛同者のひとことが回り、あの大阪出身の社民党代議士、辻元清美氏が面 白いことを言った。
「ええかげんにしてほしいですわ、東も西も。大阪はセクハラの横山ノック、今度は差別 発言の石原都知事。私は明日外交委員会で徹底的に問題にしますので、どうぞ傍聴してください」
もっとたくさんの人の発言もあったが、この際、割愛(私にとっては大した発言内容はあまりなかったと思う)。そして、辛さんが質疑応答を受ける、という反応は大変少なかった。ようするにリコール運動にまで発展させるのかということ。辛さんはもちろんと答えてはいたが、彼女には参政権はない。そして周りを見渡して気付いたことだが、生粋の東京生まれの東京育ちの日本人が一人もいなかったのには驚いた。佐高氏は酒田出身、宮崎氏はコテコテ京都、辻元さんはコテコテ大阪、私、コテコテ神戸。
石原発言は、都民が一番怒らなければならないのに、今日の集まりは外国籍の人の方が多く、何だか違和感すら覚えた。外国籍の人が石原発言に怒るのは当然だが、そういう人たちばかりの発言が目立つと、石原、これしかり、ほら見ろ、騒ぐのは三国人だけだということになってしまう。もっと内発的、自発的に都民がリコール運動を起ち上げないと、せっかくの辛さんたちのエネルギーが変な方向に行ってしまう。
一応質問が終わったところで辛さんが意外なことを言い出した。
「私はさっきの玉木さんの発言、あまりにもひどすぎて腹が立って、涙が出てきて聞くに耐えませんでした。(本当に彼女は少ししゃくりあげていた。あーあ、辛さん泣かしてしもたがな)でも、関西の人たちの方が差別 に敏感で東京が鈍感だということを知事が知りつつ発言したのなら、なおさら都民を愚弄しています。私は石原都知事の発言は私に対しての侮辱発言と受け取り、謝罪を要求します」
ここで私も手を挙げてひとこと釈明を要求。
「辛さん、言い過ぎて傷つけたのなら謝ります。(いいのよ分かってるから、の彼女のひとことあり)しかし、あなたは石原は自分への侮辱だと言いましたが、あの発言は私に対しての侮辱でもあるのです。根っから差別 教育を受け、その差別意識と向き合わなければならない私にとっても『三国人』という言葉は、その思い出したくない差別 感情を呼び戻すんです。『三国人』という言葉はそうした私の恥部への攻撃でもあるのです」
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そうして辛さんを代表とした石原都知事への公開質問状を手渡しに、1階上の知事会見室に行ったが、予想通 りの門前払い。結局、課長××××が代理で受け取るバカげた儀式があったが、全部割愛。
☆感想とかの追加
意外と賛同者に有力者が少ないのと人数が少ないのは、1日しかなかったからか、と辛さんにきいたところ、「賛成したいのはヤマヤマだが、何せ都から仕事を貰っているので遠慮する」という人がたくさんいたらしい。私ゃ有名人じゃない素浪人だから言いたい放題言っていられるけど、もし都からの指命業者だったらどうするんだろう……うーん……。
もうひとつ、いわば私の憧れでもあった宮崎学氏と会えた。とてもフランクで笑みを絶やさず、チャーミングな人だ。もっとも、コワーイ態度や発言もよく知っているのでナメちゃあいけません。でも初対面 でも私は図々しく前から疑問に思っているグリ森事件のことを質問した。
「こんな時に失礼とは思いますが、グリ森でどうしても一度宮崎さんにお聞きしたいことがありました。それは、脅迫文は実は大阪人が書いたんではなく、東京じゃないかなと。というのも、最後のほうで、明らかに間違った関西弁があるんです。それは『おまえら警察はわしらをこわごうて』と書いてあるところがあるんですが、関西弁では、絶対に『怖ごうて』とは言いません。『こわがって』です。これは、東京人が間違えて関西弁を使ったとしか思えないのですが、どうでしょうか」宮崎氏、瞬間、目をまばたいて「ようくそこまで御存知ですね」「いや、ですから、指令塔は実は東京じゃなかったのかなあと」「まあ、前半と後半では文体が変わってるしねえ」話はそこで終わった。私ののどもとまで出掛かった「前半の文章、ひょっとして宮崎さんじゃないんですか」の言葉をのみこみながら。
《言いたい放題 2000/4/11版》〈最後の砦だったラジオも陥落した!〉
私にとって、3月30日は特別の日だった。その日はもう、3ヶ月前から決めていた我が「純正律音楽研究会」のミニコンサートの当日でもあり、用意周到(ホントかいな?)のもと、大成功(?)に終わったが、私にとって、3月30日は別 の意味でとっても悲しい日だった。それは、東京のラジオ局、文化放送で朝11:00〜13:00までの2時間、ひとつのニューステーマを徹底的に掘り下げ、リアルタイムに当事者をラジオに登場させ、思わずの本音まで言わせてしまい、けっこうハードに血が飛び交う、聞きようによっては謀略が見えてしまう土手に対する蟻の一穴みたいな番組「本気でドンドン」が終わってしまったからだ。
この番組は12年間続いたというが、私はこの番組のスタート時からのリスナーで、すっかり自分の生活リズムの中に根付いた番組だった。
ここで重要なことを書いておこう。この番組は30日に終わったが、その直後、小渕さんが倒れた。しかし、そのニュースの裏側に鋭く迫るはずの「本気でドンドン」は今はない。なんと、あまりにもタイミングが合いすぎではないか。というのは、下衆の勘繰りかもしれないが、とにかくあの番組があれば、「小渕元首相の倒れた裏側の真実に迫る」として、絶対に番組を1つ作らねばならない、と、そういうような番組だった。
文化放送は死んだのだ!
私と文化放送とは、実は付き合いが長い。水野財閥とそのメディアの文化放送が創った日本フィルハーモニーと、私は学生時代から付き合いがあり、私の学生時代中に文化放送は、日フィルと共にフジテレビ系に吸収された。ここで変なことが起きた。サンケイは、本社の新聞が凋落した分ラジオ・テレビに目をつけ、ラジオのニッポン放送(LF)をもとに、テレビではフジテレビをつくった。その勢いで、文化放送と日フィルを吸収したのである。しかし、所詮日フィルはお荷物であり、長い間フジと日フィルの間で労働紛争が続き、今では、日フィルと新日フィルとに股割き状態になっている。
そして、サンケイ系に吸収された文化放送は、ニッポン放送と、いわば仇同士なのに兄弟会社になってしまい、ものすごい微妙なライバル関係になった。そして、レコード業界が拡大した折、文化放送はカーステレオ会社として「アポロン」を起ち上げ、ニッポン放送は「ポニー」(だったかなぁ……もう詳しいことは忘れてしまった。なにせ30以上前だから)を起ち上げ、近親憎悪の競争を始めた。
もう今の人たちは、文化放送とニッポン放送が同じ親会社だったとは信じられないだろうが、これは本当だ。なぜなら、仲は悪いながらもニッポン放送との共同制作でAM同士のステレオ番組を作ったりもしていたから。その後、元々の系列だったニッポン放送とフジテレビは順調に発展し、かたや文化放送は「アポロン」の凋落と共に影が薄くなり、段々とフジ系と袂を分かつようになっていった。そのバックは旺文社だったはずだ。なぜなら、文化放送は長い間、夜の一番いい時代を受験番組にしていたからだ。そして、いつフジサンケイから離脱したかは分からないが、とにかく、文化放送は独自の放送局になり、それからの文化放送は大変面 白くなった。
早朝の6時からの「ワールドサテライト(?)」という(実はタイトルを忘れてしまった)番組がものすごい迫力で、日本時間のイレギュラーさの中で、世界のまっただ中のニュースと現地のレポーター、それも、現地人(つまり日本人ではないということ)を交えて、日本では絶対に話題にならないようなことが大変面 白く報告されている番組。私はたちまちその番組のヘビーリスナーになった。確か当時、その番組がラジオ界ではすごいインパクトがあったようで、TBSもNHKもラジオで同様な番組を後追いした。TBSでは、浜松に留学してきたアメリカ人の女学生をキャスターにして、かなり対抗意識を燃やしていた。彼女が結婚してアメリカに戻ってからも、森本毅郎の8時台に5年くらい前まで登場していた。でも、私は、文化放送の迫力にしびれ、遂には前の晩、どれだけ深酒しようが、毎朝6時には目覚めるという体内時計を確立し、それは今でも変わらない。
クラバヤシさんと言ったかな、あの番組のキャスター、良かったなぁ。しかし、その番組も薄められ、遂には無くなってしまい、多分、11時にクラバヤシさんが移ったような記憶がある。それもすぐ終わり、多分、あの小倉智昭の「本気でドンドン」になったような記憶がある。当時の小倉智昭は、競馬アナからようやく脱皮したのに、ある日、中央競馬の中島騎手の急死で番組内でかなり私的に興奮していたのを今のことのように思い出す。そして、梶原茂の「本気でドンドン」に受け継がれたと思う。もう大分前のことだし、何ひとつ裏付けをとっていないので間違いだらけかもしれないけど、文化放送の心意気が最後まで続いた番組だった。毎日コメンテーターが変わり、初期の頃は田中角栄の秘書・早川茂三、木村弁護士、作家の胡桃沢耕史、若くして脳出