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音階と音程 その歴史と謎
(レッスンの友社「ストリング」2003年9月-2006年3月号連載)
6 フィドルは純正律?
●フィドルとは?
最近、アイリーン・アイヴァースをはじめとしたアイリッシュ系フィドルが脚光を浴びていますが、フィドルは、日本では一般的にはアメリカのカントリー・ウェスタン・ヴァイオリンのイメージが強く、チーチャカチーチャカとダブルストップで奏くことだと思われています。私も、ミニコンサートで、ヴァイオリンの使われ方をしゃべる時に、フォスターの「草競馬」を玉木流に奏いて、これがフィドルだと紹介しています【譜例1】。

何?この譜面が「草競馬」?と思われるかもしれませんが、奏けば一発でわかります。日本でも戦前、エンカ師と呼ばれるフィドラー達がおり、「ラーメちゃんたらギッチョンチョンのパーイのパーイのパーイ……」と歌われた有名なフレーズがあります【譜例2】。

フィドルとは、実はヴァイオリンのことです。欧米では、クラシック系の芸術音楽で活躍するのをヴァイオリンと言い、それ以外の大衆芸能で使われるヴァイオリンのことをフィドルと言います。楽器は全く同じなのですが、演奏法は多様です。
超ロングランのミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」の原題は "Fiddler on the Roof" です。これからも分る通り、ユダヤ音楽でもジプシー音楽でも、ヴァイオリンではなくフィドルです。
今流行りのアイリッシュ・フィドルは、基本的にはダブルストッピングはやりません。ジーグという8分の6系、シャッフル系のホーンパイプ、そして、一番典型的なリール【譜例3】があります。

アメリカのカントリー・ウェスタンのフィドルにつながるルーツは、アイルランドやスコットランドのケルト系であり、またダブルの奏法は多分、ノルウェーのハルダンゲルというヴァイオリンに似た楽器からの影響かとも言われていますが、詳しいことは分らないようです。なお、ハルダンゲルは12月号で紹介されていますね。
茂木健著『フィドルの本』(音楽之友社)によると、ヴァイオリンとフィドルの語源は同じだそうです。ローマを中心とした弓奏楽器はフィデス(fides)といい、この愛称はフィディクーラ(fidicura)。これがフィディウラ(fidiula)、さらにヴィデューラ(vidula)となり、最後にヴィオーラ(viola)となったのが、南方系の転化。一方、フィディウーラとか、フィデューラという呼び名が北方に伝わって北フランスではフィディユ(fiddille)、北欧ではフィドゥーラ、英国ではフィドル(fiddle)、ドイツではフィーデル(fiedel)と呼ぶようになった、ということです。
アメリカ英語では、fiddleというと、いわゆるフィドルの意味の他に、「バカ、間抜け、暇つぶし」とか、ろくな意味合いはなく、フィドラーとなると、「暇つぶし屋、サギ師」と散々ですが、これは、アメリカに移民してきたアイリッシュ・スコッチの清教徒、また、長老派の人たちが、享楽的なダンス・ミュージック系のフィドルを弾圧し、抹殺しようとした歴史のせいなのでしょう。アーサー・フィドラーがポップス系の指揮しかしなかったのは、名前のせいでしょうかね……。
本国でのアイリッシュ・スコッチ系のフィドルは殆どダブル・ストップ奏法はないのですが、なぜか、カナダ方面から追い出されたアイリッシュ・スコッチ系の人たちが住み着いた南部アパラシア山地で澎湃と起こったフィドル奏法は独特の(ハルダンゲルの影響か)持続音(ドローン)を伴うダブル・ストッピング奏法を多用し、ついには、クロスチューニングという、各キーに合わせる独特の調弦が発明され、それこそ、完全にハモった純正律系のハーモニーが主人公になりました。
1920年代頃の古い録音を聴いても、ヴァイオリンの奏法は稚拙ながら、ハモりにかけては素晴らしいサウンドにあふれています。この奏法の起源はハルダンゲルなのかもしれませんが、南部の山脈地帯にはピアノ等の楽器がなく、フィドル1本だけで歌の伴奏をやったり、ダンスを踊るという状況が、ハーモニー・フィドルを生んだのでしょう。なお、アパラチアの山地で流行ったので、マウンテン・ミュージックと呼ばれることもあります。
●クロスチューニング
連載の2回目でも少し紹介した、調弦の変わりダネ、クロスチューニングを詳しく紹介しましょう。フィドル1本でハーモニー感を出せるように、各調(といっても知れていますが)の主要和音が良く響くように、いつも何らかの開放弦が同時に奏けるように工夫した調弦です。うまく行った時は、まさしく純正律の響きになります。一度これにハマると、純正な和音は身体にジンジンと響き、快感に酔いしれますが、頭は空っぽのパープリン状態に近くなります。そういえば、ノルウェーのハルダンゲル(これは共鳴弦があるのでもっと響く)も、「悪魔の楽器追放運動」に遭って一時衰退しました。教会での純正律はいいけど一般大衆にはまかりならぬ、ということなのでしょうか。そういえば、ガラスの縁を指で擦って天国的なサウンドを創るグラスハーモニカ(かのベンジャミン・フランクリンがその名手でした)も、王様から禁止されましたね。
話が脱線しました。クロスチューニングも沢山種類があるのですが、ここでは3タイプの調弦による曲を紹介します。調弦は【譜例4】です。

すべて、普通のヴァイオリンの「ソレラミ」調弦ではありません。まず(a)ですが、楽器通り、下から「ミミシミ」と調弦します。しかし、楽器上は、「ソレラミ」調弦でないと指が動きませんので、記譜は指順を優先して「ソレラミ」調弦での指使いになります。一瞬とまどうかもしれませんが、実音で記譜しても煩雑なだけです。また、自分は絶対音感があるからこんなのできないという人がいたら、そんなの絶対音感じゃなく、絶対譜面でしかない頭の硬い人だとしか思えません。絶対音感の話は、いずれ機会を改めて書くことにして、楽譜を紹介します。【譜例5】は、「ミミシミ」調弦を「ソレラミ」の指順で書いています。すると実音は【譜例6】に聞こえるのです。


いかがですか? やってみると、とても不思議な世界になるでしょう。では(b)の曲です。【譜例7】は記譜上、実音(聞こえてくる音)は【譜例8】です。【譜例9】【譜例10】はとても面白いチューニングです。(b)と(c)に関しては、低弦を1音上げるのがいやであれば、チューニングは1音下げて、【譜例7】と【譜例9】を奏きます。結果、聞こえる実音はすべて1音下がって聞こえます。




以上の3曲はすべて、マリオン・シードというアメリカのフィドルおばさんの書いた『フィドル・ブック』に載っています。このおばさんは、若い頃はクラシックでオケの経験もありますが、フィドルに魅せられて没頭した人です。ペルーの山岳までバックパック旅行をしながら、現地のインディオにメンコンを奏いて驚かせたりする面白いおばさんです。1928年にフィドルに目覚めたと書いてありますから、とっくに亡くなっているはずですが、現代の新しいフィドル・シーンには、天国から声援を送っていることでしょう。
●四弦奏の弓
マウンテン・フィドルの特殊奏法に、4弦全部を演奏する方法がありますが、普通の弓でやると大道芸にしか見えないので、私は自分流の考案で、4弦を同時に奏ける弓を創りました。これでG-durの3和音を奏くと、見事な純正律が実現できます【写真参照】。

張りが全くないため、大きな音はしないはずなのですが、純正にハモった力はすごく周りに響きわたります。どんな音楽になるのか、また弓そのものに興味をもたれた方は、欄外の情報をお読みください。
「音程」の問題は一応これで中休みとしたいので、来月は絶対音感教育の問題と、これまでの皆さんからの質問や要望にお答えをもとにまとめたいと思います。編集部なり、私宛てなり、メール、FAX、手紙、なんでも結構です。どしどしお便りください。再来月からは、私が一番書きたかった「音階の歴史と謎」の話を始めたいと思っています。
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<参考文献>
◎Marion Thede The Fiddle Book OAK PUBLICATIONS, NEW YORK
◎茂木健『フィドルの本』音楽之友社、1980円
<参考CD>
「OLD TIME MUSIC」FOLKEWYS FA2355
「Fiddler's Hall of Fame」CMH CD-1796
<四弦奏弓の参考用CD>
玉木宏樹『アポロンのたわむれ』ARCH10302、1890円
→詳細は純正律音楽研究会(Tel. / Fax. 03-3407-3726)までお問い合せください。
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