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音階と音程 その歴史と謎
(レッスンの友社「ストリング」2003年9月-2006年3月号連載)
12 音階と旋法のいろいろ
●音階と旋法の意味
今月は、音階と旋法のいろいろの話です。「音階」という言葉は自明の理のように思われるかもしれないが、「旋法」という言葉は余りなじみのない方もおられるかも知れません。ここで「音階」と「旋法」を音楽之友社の辞典(1954版なので古くて失礼します)から引用してみましょう。
「音階」とは、文字通りに、音を階段的に並べたものをいう。⇔ギリシャから現代に至る西洋音楽及びそれの流れを汲む音楽は、すべて全音と半音でできている。そして、それは、古代ギリシャの音階、中世期教会音楽の音階及び、全音階的音階(長音階と短音階)、ドビュッシーが印象主義の音楽のために好んで使った全音のみからなる全音音階、近代になって重要な位置を占めた半音のみの半音階、そして更に、8度内の十二の音に対等の価値を与えた十二音音階などに分類される。古代ギリシャの音階から中世期の教会音楽の音階への経過は、大体一応説明し得るにしても、この教会音階から何故長音階と短音階のみが特に存続する栄冠をかち得たかは、現在の研究では決定的な説を見出していないようである。
「旋法」とは、楽曲の中に用いられたすべての音を高さの順に並べて、その中から旋律作成のよりどころとなったいくつかの音列をぬき出し、オクターヴ間に高さの順に配列したもの。現在の長短音階等とちがうところは、音列全体の高さが固定していること、長短二種の他にいろいろな配列があり、(中略)旋法という言葉は、ヨーロッパ中世の教会音楽(九世紀〜十五世紀)に用いられ、さかのぼってギリシャ音楽その他にも用いられているが、音階の概念とは上述のような違いがある。
どうですか。違いがお分りになりますか、私にはちっとも分りません。そもそも「音階」というだけで通じ合えるのになぜ「旋法」という言葉をもち出したかというと、一般的には音階というと、長音階と短音階しかないと思われていることが多く、しかし世界中のメロディには、その長音階と短音階の区別にはあてはまらない物が無数にあるからです。ヨーロッパでさえ、17世紀ごろに確立した機能和声論による長・短音階以前は、12の教会旋法がありました。
では「音階」と「旋法」の違いを私流に分り易く説明してみましょう。「音階」とは文字通りに、音を階段的に並べたもの。「旋法」とはその「音階」で旋律を作るための種々の並べ方、と言いましょう。もうちょっと細かく説明しましょう。今の平均律のピアノは、12の半音階で成り立っています。そして、変化音のない、つまり白鍵だけの音階を全音階と呼びます。
この白鍵だけの音階(Diatonic Scale)の中で、「ド」から始まる「ドレミファソラシド」を長音階と呼んでいますが、本当は「ド」から始まる旋法なのです。同様に「ラ」から始まる「ラシドレミファソラ」という自然短音階も、「ラ」から始まる旋法なのです。ところで、長音階と短音階の違いの根拠は何でしょう。三つある短音階のうちの旋律的短音階と長音階を同じ「ド」から始まる形で見てみましょう【譜例1a,b】。

どうですか、根源的には、3度の高さが、長3度であるか、短3度である事の違いだけなのです。長音階、短音階という訳は音楽用語に数多くある珍訳の中では世界に誇れるすばらしいものです。英語での「メジャー」「マイナー」という言い方ではどうしても短調の方が不利な感じがしますね。さて、長音階、短音階の違いは3度の長短だけといいました。では次のような長調もあるのでしょうか?【譜例2】。

実はあるんです。万人の胸を打つであろう、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番3楽章第二主題です【譜例3】。

この音階のことを和声的長調等というひねくれた言い方をする人もいるようです。イッポリトフ=イヴァノフ「コーカサスの風景」の終曲「酋長の行列」はこの音階の典型的な例です【譜例4】。

●教会旋法のいろいろ」
もういちど旋法の話に戻りましょう。白鍵だけの音階(ダイアトニックスケール)で、「ド」から始まるのが長音階、「ラ」から始まるのを短音階と言いますが、では、「ド」と「ラ」以外の音名から始まる「音階」いや「旋法」はあるのでしょうか。実は中世の教会旋法はギリシャ音階をひきついだものとして(実は殆ど何の関係もない)、正格、変格を含め、12の旋法がありました。いや、過去形で言ってはいけませんね。この旋法たちによるメロディは数多くあるのです。中世の正格、変格の説明は煩雑なので省略し、今現在でも作曲に使われている(特にジャズ理論に生きている)旋法を紹介しましょう。それらにはギリシャ名がつけられています。
まず「ド」から始まる「イオニア」旋法ですが、これは今のハ長調と同じ並びです。しかし、理論的にいうならば、現代のハ長調のメロディは流れの中で機能和声を内包しているとされており、だからこそ、いろんなハーモニー付けが可能で、ジャズ系ならばさまざまなコードネームが工夫されるわけです。それに対して「イオニア」は機能和声を内包しない、つまりハーモニー的には「ドミソ」、コードネームでは「C」だけのメロディです。
でも、そんなメロディあるのかい?とたずねられたらラヴェルの「ボレロ」と答えましょう。あのメロディは延々と「ドミソ」だけの伴奏で繰り広げられます。
次に「レ」から始まる旋法は「ドリア」と呼ばれ、二短調とは、6度が半音高くなります。基本形と「ド」から始まる形に書き替えたもの両方を例示します【譜例5a,b】。

この「ドリア」旋法の曲は沢山あります。ドラマ音楽とかCM音楽でも、少し古風な感じを要求された時、この旋法が使われます。有名な曲を2曲あげておきます。「スカバラフェア」と「グリーンスリーブス」です【譜例6,7】。


またチャイコフスキーの弦楽やレナードの3楽章は、「ミ」の音から始まる「ドリア」です【譜例8】。

次に「ミ」から始まるのは「フリギア」旋法です【譜例9a,b】。

この旋法は上から下へ下ってくると、「ファ」と「ミ」が下行導音になる哀愁のあるフンイキがあります。何回か前に紹介した、ギリシャのオリュムポス音階と、それに全く同じの日本の雲井調子がこの旋法です【譜例10】。そして長唄なんかに典型的に出てくる決まり文句のようなフレーズも典型的な「フリギア」です【譜例11】。

次は「ファ」から始まる「リディア」【譜例12a,b】。

この旋法は、4度が半音高く、なんだかテンションの高い不安感を伴います。昔のアメリカの漫画映画のアクションシーンとかによく使われていました。有名な曲ではショスタコヴィッチの7番交響曲の冒頭とか、バルトークの民俗風のフレーズには頻繁に登場します。それから、ハリウッドで映画音楽を沢山書いたコルンゴールトは、その経験をもとにしたVln協奏曲を作曲しましたが、一楽章の冒頭はリディア、終楽章のエンディングに出てくるホルンによる堂々としたメロディはリディアとミクソリディアです。まさに映画音楽然としています。
次に「ソ」から始まるのは「ミクソリディア」【譜例13a,b】。

これは「ドリア」と並び、最もよく使われる旋法です。一昔前のアメリカの西部劇映画には無数に使われました。それを多少意識した、私の作曲した「大江戸捜査網」のテーマはミクソリディアそのものです【譜例14】。

「ラ」から始まるのはイ短調と同じです。また、ジャズでは「シ」から始まるのを「ロクリア」と呼んでスケール練習もありますが、クラシック系で使うことはないようです。
●「ジャズのブルーノート音階」
アフリカ系アメリカ人の愛用?する音階で、後に機能和声と妥協した音階で、後のジャズスケールの基になっています。これは一種類ですので、音階も旋法も同じです。「ブルーノート」というのは、「ブルーな」つまりユウウツな気分の音符のことで、和音の進行(コード進行)はメジャー、つまり長調なのにメロディは短調という、クラシック系では考えられない構造になっています。このブルーノートを基本に12小節ワンコーラスの形になったのがブルースです。決して淡谷のり子さんではありません。ヴァイオリンで奏き易いAのブルースの音階を書いておきましょう【譜例15】。

何だ、これじゃただのイ短調に装飾音が付いただけじゃないか、と思われるかも知れませんが、ピアノで【譜例16】の和音を叩いてペダルを踏み【譜例15】のフレーズを少し早めに奏いてみて下さい。とたんにジャズのブルース風にきこえるでしょう。この和音はトップの音がCナチュラル(記号1・脚注参照)になっていますが、機能和声でいうならば本来はBの♯でコードネームは

のはずなのですが、少し前に大はやりしたR&B系の書き方では、堂々と三度が半音低いという意味でコードネームも遂に

となりました【譜例17】。

ひとつのコードの中に高い「ミ」と低い「ミ」を同居させてしまったのです。ほんの少しだけ、R&B風に聞こえるフレーズを、ピアノとヴァイオリンで書いて置きましょう【譜例18】。

なぜこんな音階が生まれたのか? 諸説ありますが、その中でも私が一番納得している説は自分でも似た経験をしているので、信憑性が高いと思います。それは次のようなことです。アフリカから強制連行(はやりの言葉では拉致)されてきた奴隷たちをキリスト教に改宗して、西欧風の文化を押しつける為に、教会のピアノでは毎日、西洋機能和声による教育をしましたが、奴隷たちは、その意味と良さが分らない。そしていわゆる「ドレミ」節は自分たちにはなく、どうしても高い三度の「ミ」が歌えない。教師たちは懸命に教えるが遂に根負けし、理論は長調としての和音を叩き、実際のメロディは短3度になってしまった、というのですが、如何でしょうか?
実は我が日本でも同じことが起こっています。明治になって政府の作った「音楽取調掛」は、西洋のドレミ節と日本民謡の折衷で、たくさんのいわゆる「ヨナ抜き」メロディを作りました。その中の1曲が有名な「鉄道唱歌」で、この曲は延々と単純なメロディをくり返しつつ違う歌詞を歌うことによって「ドレミ」音階を覚えさせようとしたのですが、当時の日本人の殆どは、この高い「ミ」が歌えず、半音低い短調のメロディで歌ったそうです【譜例19a,b】。

どうです。これはブルース発祥の一説と全く同じですね。その時の日本人が、頑固に短調メロディを主張していたら恐らく、ブルースの発祥は日本だったかも知れませんね。実は私も個人的に似た体験をしており、これには強烈なショックを受け、今でも鮮明におぼえています。それは、私の幼なじみの結婚式で、奥さんの実家の和歌山一と思われる披露宴の場でした。二階のお座敷に客が鈴なり、その客の4〜5人にひとりの芸者がつくという信じられないほど絢爛豪華。もちろん私の席にも座持ちのいい機転のきく少し年増の芸者がつきました。飲めば飲むほど歌え歌えとなり、三味線ひきまくり、その内「二人は若い」という堂々長調の曲が登場しました。しかし芸者さん、イントロから三味線がすべて短調なのです。とまどっていると芸者さんは自分の三味線はマイナーなのに、堂々とメジャーで陽気で朗らかに歌い通しました。私はもう呆れ果て一切声が出ませんでしたが、その芸者さん、何度も私に歌えと強要する。仕方なしに歌いましたが、これは要するに逆ブルース。歌はメジャーなのに、当時の三味線の「手」はすべてマイナー系なので、それを自己主張した?わけですね。今から35年くらい前です。現在ではそんなことはないでしょう。
ほかにもいろんな音階、旋法はありますが、ひとまず今回はこれまで。どうぞ質問等は、編集部や私のHPへどうぞ。
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〈参考文献〉
◎ 東川清一『だれも知らなかった楽典のはなし』音楽之友社 2500円
〈記号〉
記号1 ナチュラル

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HPへの掲載は今回で終了します。
このテーマについてより詳しく知りたい方は、下記の書籍もぜひご一読ください。
・玉木宏樹著『革命的音楽論』(出版芸術社)
・玉木宏樹著『革命的音階練習』(レッスンの友社)
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