|
|
音階と音程 その歴史と謎
(レッスンの友社「ストリング」2003年9月-2006年3月号連載)
11 ギリシャ旋法と日本旋法の相似
●先月号のおさらい「ミ」と「ファ」
先月号の「グィードの功績」如何でしたでしょうか。興味を持って頂ければ、これほどミステリアスな話もないのでたいへん面白いはずですが、やゝ分りにくい所も何ヵ所かあるので、それを少し補足したいと思います。まず、グィードによって半音関係は常に「ミ」と「ファ」であることが決定されました。何度も書きますが、グィードの階名は6音(ヘクサコルド)なので「シ」はありません。「シ」が登場するのは、グィードの後500〜600年も後のことですから、「シ」と「ド」の半音関係というのはグィード時代には全く存在しませんでした。グィードの決めた6音の上は、二つの「b」が存在していましたから、半音低い「♭」つまり丸い「b」をうたうとすると、「ラ」に相当する「a」と「♭」は半音ですので、「a」を「ミ」と呼びかえ、「b」を「ファ」とうたいます【譜例1】。

そうすると、「a」が「ミ」になる音階は、「F」の「ファ」の所がutになります。これが後のF dur(へ長調)の祖先になるわけです。もうひとつ、「a」の上を「記号2」つまり固い「b」をうたうと、次の音(1オクターブ上のut)とは半音になるので「記号2」を「ミ」とうたい、次の半音上の音を「ファ」とうたいます。半音関係が常に「ミ」と「ファ」なのですから、これも当然です。
そして「記号2」を「ミ」をすると、utは「G」になります。これが後のG-dur(ト長調)の先祖なのです。この読み替えのことを「ムタツィオ」、英語では「ミューテーション」と呼びます。二つの「b」が同居するという最大の矛盾が、後の調性感の先祖になるのですから、グィードの功績は計り知れないものがあります。この「ムタツィオ」が、後の移調や転調を生み、機能和声法というヨーロッパ独特の音楽理論を生んだのです。旋法の転換という意味では、世界中の民謡にもあります。日本でもよく見られます【譜例2】。

これも一種の転調ではあるのですが、かなり感覚的であり、「ムタツィオ」のような複雑な法則性はうすいようです。
話は戻りますが、この「F」から始まる柔い音階、「C」からの自然音階、「G」からの硬い音階。各主音が後の音部記号(クレフ)の原点になっています。もちろん三つの記号そのものが、「F」「C」「G」を図案化したものです【譜例3】。

●「音楽の悪魔」について
先月号で少しだけ触れた「音楽の悪魔(Diabolus in Musica)」について。このおどろおどろしい名前は、中世の音楽を支配していた教会によって使用を禁止された三全音(Tritone)の関係を言います。グィード式では【譜例4】に当ります。

つまり「f」から「記号2」の音階が三つの全音になります。この音程は当時の人々にはとても歌いにくく、また同時に演奏すると、減5度の悲惨な響きになります。当時の平行5度や平行8度オルガヌムの天国的で静的なハモりを打ち破る、とても汚い破壊的な音程関係として、教会から使用禁止の「悪魔」にされたのです。ムタツィオでも「f」を「ut」とする音階を「柔らかい音階」といい、「g」を「ut」とするのは固い音階といわれていたのですから、恐らく「♭」の方が優勢で、「f」を通過するメロディは「b」を多用したと思われます。ルネサンス期の音楽は、教会旋法でいう「ミクソリディア」【譜例5】、その短調系であるといえる「ドリア」によるメロディがとても多く、長調としてのイオニア系はあまり見られません。

しかし時代が下って、パレストリーナ(1525〜1594)が始めたといわれる属七には、もろ、この悪魔が表われます。自然倍音上の7度は非常に美しくハモるのですが当時の音階では、その音はなく、非常にトガった不安感をかもし出し、増4度、減5度の不安定さは、激しく解決を要求し、機能和声の大なる発展に寄与したのです【譜例6】。

このとがった「記号2」が「導音」と呼ばれ、大流行し、その後は何も書かない「b」は半音高い音として定着したのでした。二つの「b」のヘゲモニー争いは完全に「記号2」の勝となりました。でその後は柔らかい「b」は必らず「♭」をつけなければならなくなり、ひいては、他の音を半音低くする意味にも転用されていったのです。後に「記号2」は「ナチュラル・記号1」となり、「♯」のもとにもなりました。
●「シ」の登場とオクターヴ
「音楽の悪魔」を克服した属七の登場により、二つあった「b」は半音高い方が主導権を握り、「シ」の位置の所に何も書かなくてもドイツ語での「h」になって行きました。グィードによるソルミゼーションは、二つあった「b」を複雑に読み替え(ムタツィオ)ていましたが、今の「シ」に当たる音高が定まった後は、この半音高い「b」に新しい階名をつけようという考えが広まりました。色々思考錯誤の末、「シ、si」という呼び名が登場し、定着したのは17世紀後半です。グィードの6音(ヘクサコルド)に1音加わり、7音階(ヘプタコルド)が完成しました。この結果、複雑怪奇なムタツィオは終わりをつげ、オクターヴは常にドレミファソラシドだけになり、オクターヴ上もオクターヴ下も同じ呼び名になりました。今から見れば、なんだこれは、当り前じゃないか、と思われるかも知れませんが、「シ」の登場以前はオクターヴの上下関係では呼び方が違っており、従って、オクターヴというものを、現代と同じと考えていたかどうかは疑問があります。もういちどグィードの譜表をよく見ましょう【譜例7】。

音名としてのアルファベット表記は「A」で分割されて、オクターヴを認識しているように見えますが、「C」は必ずしも「ut(ド)」ではありません。下から四つ目の「C」は「fa」と「ut」と二通りの呼び方。そのオクターヴ上の「c」は「Sol」「fa」「ut」と三通りの呼び方。そのオクターヴ上に当たる「cc」に到っては「Sol」「fa」であって「ut」はありません。ですからいつも「c」=「ut」ではなかったのです。中世の5度オルガヌムとか8度オルガヌムの存在は協和音程の認識をよく表わしていますが、だからといって、オクターヴ上もオクターヴ下も構造は同じと認識していたかどうかは疑問です。しかし「Si」の登場以来、オクターヴは「ドレミファソラシド」と決定され、後に固定「ド」の考え方も生まれてくるわけです。
ところで、中世ヨーロッパで忌み嫌われた「悪魔」の音程ですが、この音程をこよなく愛している民族がいます。それは他ならぬ我が日本民族です。典型的な例として「サクラ」を挙げておきましょう【譜例8】。

この音程関係をまたたいへん好んだ人たちがいました。それが古代ギリシャ人だったのです。
●古代ギリシャの特長的な音階
ギリシャの音階は四度を基本とするテトラコルドで構成され、上から下へ下る下行形の音階です。そして、この四度を二つつなげることによって、オクターヴ下へ到達します。この連結法が二つあります。直結型と連結型です【譜例9】。

ギリシャの数ある施法の中で筆頭格はドリアと呼ばれています。このドリアの音程間隔を下から上へ並べかえたのが現在の「ドレミファソラシド」になります【譜例10】。

さて古代ギリシャにはアウロスというたて笛がすこぶる愛用されていました。アウロスの達人としてはオリュンポスの名が伝わっていますが、彼はドリア型の4度を長3度と短2度に分けて、哀愁のあるメロディを吹きました。この形でも直結型と連結型が生まれます【譜例11】。

実はこの音階型が日本の箏曲に使われるものと物の見事に一致しているのです。直結型は箏の平調子の調弦法と同じで、連結型は雲井調子です【譜例12】。

古代ギリシャで実際に演奏されていた音楽がどんなものであったかは、今では判然としませんが、それでも数少いメロディの断片が発掘されています。もちろん今の5線譜表記とは全く違うのですが、その中でも有名な「デルフォイのアポロン讃歌」を今の5線譜で表記するとこのようになります【譜例13.a.b】。

如何でしょう。今の日本の演歌にも使われている陰施法そのものですよね。このメロディをCD化したパニアグアの「古代ギリシャの音楽」を聞くと、とても面白いことが分ります。メロディは明らかに陰施法です。しかし歌い方が日本の演歌と違い、とてもドライで、湿った感じが全然ありません。これは、歌っているのがヨーロッパ人だからということもあるでしょうが、クルト・ザックスによれば、ギリシャではメロディをポルタメントして歌ったり演奏したりするのは、絶対的タブーだったそうです。でも、タブーを設定するということは、それに違反する人が沢山いたからでしょう。ところで、譜例に上げた2曲はともに5拍子ですが、これは古代ギリシャ語のシラブルに5が多かったことから来ているそうです。人名でも、ソクラテス、ピタゴラス、オリュンポス、ピンダロスというように、5が多いですね。
話は変って、日本を含めた東洋の音楽は5音音階(ペンタトニック)で成り立っているという紋切り型の説明が一般的です。ここでいう5音階というのは、ピタゴラス調律の最初の5つの音です【譜例14】。

この「ドレミソラ」の並びを基音を変えていろんな施法を作りますが、いずれにも半音はありません。日本でいうなら「陽施法」ですが、その典型的な例を二つ【譜例15ab】。

私はここで、日本を含めた東洋音楽=単純5音音階(陽施法)に対して異論を述べたいと思います。クルト・ザックスによれば、日本は中国の影響を深く受けながら、音階構造に関しては、ペンタトニック(5音音階)に半音を内包するという、反中国的な存在をあらわにしています。この長3度+半音という、非常にギリシャ的な部分は、中国にはありませんが、実はお隣の韓国にも、ジャワにも、いろんな所にあるようです。クルト・ザックスによれば、ギリシャ人は「我々は東から影響を受けてる」と言い、中国は「西からの影響だ」と言っている。半音の問題はおいておいても、モンゴルの音階と日本の物との共通性とか、インドのラーガにも陰施法的なものがあるということ等を考えると、インドとかペルシャ辺を基にした音楽性の伝播が、古い時代にあったんではないでしょうか。まあ分り易くいうと、ヘレニズムということなんでしょうか。
最後にとても面白い音階のことを述べておきましょう。それは、沖縄の音階です【譜例16】。

この形は、ギリシャのオリュンポス音階と、箏曲の「雲井調子」の音程関係をオクターヴ下から、反転した形になっています。
*******************
〈参考文献〉
◎東川清一『シャープとフラットのはなし――読譜法の今昔』音楽之友社、2800円
◎ザックス『音楽の起源』音楽之友社
〈記号〉
記号1 ナチュラル

記号2

前ページ 次ページ
|