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音階と音程 その歴史と謎
(レッスンの友社「ストリング」2003年9月-2006年3月号連載)
10 グィードの功績
●グィードの功績
グィード・ダレッツォは1025年頃の「ミクロログス(小論)」の中で全音階について述べているので、実在の人物であることは確かだですが、生涯なり、人となりは全く解っていません。しかし、一応グィードが改革したといわれている音楽理論は、明らかにその後のヨーロッパ音楽の根幹となっており、古代ギリシャからグレゴリアン教会旋法の流れの中で、グィードの改革がなければ西洋音楽は全く違う形になっていたかも知れないでしょう。ですから「グィード」という名のもとでの改革は大変な功績なのです。ところが、我が国だけでなく、音楽史の中でもグィードはけっこう軽んじられているような気がします。私自身、自分が純正律にかかわり、音律や音階の本を読み進む内にグィードの功績に気づいたのであって、それ以前の私は、グィードといえばドレミ唱法を考案した人くらいの認識しかなありませんでした。ここでグィードの功績を検討してみましょう。
●譜線表の確立と音名・階名の位置づけ
グィード以前にも譜線としてはネウマ譜のようなものがあったようですが、統一されたものはなく、音楽を勉強するにあたっては、基本的には音の高さはいろんな名称で呼ばれ、ギリシャのプラトンの頃は音符の数は1620を下らなかった(テュルクのクラヴィア教本)そうです。これではとても覚えきれないし、音楽を勉強するのはたいへんに困難なことだったようです。それをグィードは10段譜表を使って、線上と線間に配置した記号が、音高を示す、という画期的な方法を編み出したのです【譜例1】。

今でこそ5線譜というものが当たり前に存在しているので、これが画期的とは思えないかも知れませんが、それ以前、そしてヨーロッパ以外で音の高さを譜線表記した例はないはずです。発掘された古代ギリシャの楽譜も文字譜だし、中国では漢字、日本でも独特の文字譜です。後に音の上下関係については述べますが、10段譜を使った表記は画期的なことです。ギリシャの完全音階における最高音はnete(ネテ、実は低いという意味で、後に述べる)と呼ばれ、最低音はhypate(ヒュパテ、実は高いという意味)という名前がつけられ、実際の最低音はproslambanomenos(プロスランバノメノス、附加されたという意味)の音が追加されました【譜例2】。

しかし、こんな名称を覚えるのは勘弁願いたいことです。それをグィードは物の見事に解決したのです。それでも先月号に書いたように、G sol re utという読み替えが必要なのですが、これだけでも実に革命的です。
●ソルフェージュを確立した
グィード以前には、音名唱ということはなかったようです。ですから、ドレミ唱法の確立は、はじめて音の高さだけを声にするソルフェージュを産んだのです。ちょっと強引ですが、このことが後の器楽音楽を生み、絶対音楽の観念を育んだともいえるでしょう。しかし、またしても、先月号の内容に戻りますが、グィードのドレミ唱法には6つの名前しかありません。「ドレミファソラ」の6つで「シ」はありません。「シ」に当たるアルファベットは「b」ですが、半音違う二つの高さが同居しており、ドイツ語でいう「b(べー)」は半音低い「♭」の音で、半音高い方は「記号2・脚注参照」と書かれました。イギリスの作曲家トマス・モーリの教則本(1597)の中でも、「音楽には6つの音しかありません」と書いてあり、また「♭」と「記号2」は同じ「ベー」と呼ばれるが、家系が違うとも書かれています。残念なのはその家系の違いを説明していないことです。「♭」はb molle(柔らかいb)と呼ばれ、「記号2」はb durm(固いb)と呼ばれましたが、ドイツ語でのmoll(短調) dur(長調)の語源でもある通り、この二通りの「b」の存在が後の調性を確立していくことにもなるのです。グィードがドレミ唱法を作ったのが、1020年ころですが、トマス・モーリ(約1600年頃)でもまだ「シ」は登場していません。「シ」が登場するヘプタコルド式になった資料はジャン・ルソーの1678年刊の「歌唱教則本」にガム・パル・シ(シを含む音階)の音階図が登場しています。そしてこの「シ」の登場によって読み替え(ムタツィオ)は終り、音階は1オクターヴだけの表記になりました。つまり、オクターヴ上は同じ音の考えになったのです。それ以前は、六つしか音の要素がなかったので、読み替えをしていましたから、「ド」のオクターヴ上は「ド」ではなかったのです。
●ギリシャの完全音階の15音を20音に拡大した
ギリシャ時代の完全音階は【譜例3】の15の音です。

これに「b」の「♭」を含む小音階(11音)【譜例4】を同居させたことにより、「b」は2種類になりました。

ギリシャ音階は上から下行する形ですから、ト音記号中央「ラ」から、へ音記号の下の「ラ」までの2オクターヴ15音です。もちろん現代とはピッチが違うので何とも言えませんが、男性が歌う音域としてはこれでいいのでしょうが、グィードはこの15音を拡大し、20音としました【譜例5】。

これならば女声もカバーできるといえるでしょう。
ギリシャの音階の一番下は附加されたという意味のプロスランバノメノスという名前でしたが、グィードは更にこの下の「G」の音をつけ加えて基音とし、この音階はギリシャが由来であるという意味でギリシャ文字の「」を当てました。また、ここから始まる音名唱は当然「ut」となりますので、この音の階名唱は「ガンマ・ユト(Gamma ut)」と呼びます。後にこの名称は英語でGamutつまりギヤマットと呼ばれ、音階の意味に使われました。今日イタリア語のgamma、仏語gammeは音階の意味ですが、すべてこのGammaに由来しています。
もういちど「♭」と「記号2」の同居に話を戻しますが、トマス・モーリですら、この二つは家系が違うといったきりで説明がありません。もっとも東川清一さんの「シャープとフラットのはなし」の中からの引用ですので、原本には説明があるのかも知れませんが。東川さんによれば10世紀ころは「Bフラット」の音は凖幹音として、唯一黒鍵があったと記述されていますが、私は当時の教会の禁忌「悪魔のトリトヌス(三全音)」によって、「シ」の「記号2」は「ファ」から見ると「悪魔の三全音」になるため、低い方の「シ」が絶対優性だったんだろうと思います。その後、導音の概念が流行することになって「記号2」の方が圧倒的に優性となり、モーリの本でも何の記号もないbは「記号2」であると書いています。この「♭」と「記号2」の同居では面白い曲があります。それはラッススの「マトナの君よ」という合唱曲で、調性はG-durなのですが、随所に「F」の「ナチュラル(記号1・脚注参照)」が出て来て、独特のペーソスが感じられます。ここで面白い話をひとつ。私は高校時代にこのコーラスを教わり、とてもきれいな曲なので、強く印象に残りました。先生は歌詞の内容を教えてくれなかった(この歌詞の内容を教えないというのは、日本の音楽教育のズサンな所)ので、私は勝手に「マトナ」という名前か場所の女性への讃歌だと思い、後半の「ドンドンドーン、ディリディリドドーンドンドン」という所も教会の夕べの鐘の模倣だろうとずっと思い続けていましたが、10年くらい前に買ったマドリガル集のCDの中の詩の意味を読んでびっくり仰天。これは洗練されたイタリア人がイナカッペのドイツ人をあざわらう内容でした。ヤボテンのドイツ人は「マドンナ」と発音できず「マトナ」となり「ヴォレーレ」は「フォレーレ」となる。そして愛をささやくリュートの演奏でさえ「ドンドンドン」とヤボくさくなる、というとんでもない話でした。日本人のクラシック教育なんてこんなもんで、随所で思いこみ間違いをしでかしていることでしょう。
●音の上下関係とは
みなさんは音の上下関係なんてとっくに自明の理で、そんなことは問題にならないかも知れません。しかし、男のバスの声を低いといい、ソプラノを高いというのは、ヨーロッパ音楽での言い方にすぎません。高低の感覚は同じとしても、ヨーロッパ音階は下から上への上行形ですが、ギリシャは上から下への下行形でした。ギリシャの基本旋法は「ドリア」といい【譜例6】の形ですが、ヨーロッパの教会旋法は下から上へ上がる形で「フリギア」といいます。

私はある時、日本舞踊の為に、常磐津と長唄のエッセンスの制作をしたことがありますが、邦楽の基本はフリギアであり、多分下行形の音階が基礎となっているはずです。典型的な形を紹介しておきます【譜例7】。

ザックスによると、上行形音階は器楽的で下行形は声楽的ということです。「君が代」は歌詞に難ありと誰もがいいますが、私はメロディ的にも問題があると思います。それはメロディの冒頭がとても低く、無伴奏で歌うとみんな、中音域の歌い易い高さで始める為、途中の高い音が全く出なくなるのです。
ところで音の上下関係に話を戻すと、ギリシャの最高音の意味は実は「低い」という意味の「nete」です。音の高さとしては高いのに低いという意味なのは、伴奏に使われる楽器の構造上だと言われています。つまり見た目と空間上、楽器の一番低い所が高い音になるのです。この原理は日本の三味線も全く同じで、棹はだいたい斜めに立てますから、ポジションが低く、音の低い場所は腕を上にしなければなりません。だから音を低くせよという時「高くしなさい」と教えます。高音部は逆に手が下の方へ行きますから、「低くしなさい」と言います。三味線だからバカなことを言っている、のではないのです。ギリシャ音楽と全く同じ原理なのです。
音の高低を振動数の増加ではかるのはヨーロッパ音楽ですが、セム語族のユダヤやアラブ系の人たちは、男の声を「高い」といい、女声を「低い」といいます。男の方が背が高いからで、これはオルガンのパイプも同じで、背の高いパイプほど低い音になりますね。このように音の高低でさえ、民族によって感覚が違うのです。
いかがでしたか? 頭がグラグラするような感じもしますが、とてもミステリアスで面白いでしょう。
来月は、ギリシャの古代旋法と、日本の邦楽の旋法の驚くべき類似性等について書きましょう。
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〈参考文献〉
◎東川清一『シャープとフラットのはなし――読譜法の今昔』音楽之友社、2800円
◎ザックス『音楽の起源』音楽之友社
〈記号〉
記号1 ナチュラル

記号2

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