玉木宏樹が物心ついてウン十年、いろいろときいてきたクラシック音楽のなかから不遇にも忘れられた、または過小評価されている作曲家とその作品を、独断と偏見で紹介しようという場所です。
私なりに時代を区分します。原則として、モーツァルト以前の古典派、バロック、それから、一時代前の現代音楽、つまり、十二音音楽やそれに似た無調音楽は無視します。なぜならどれも同じように聞こえるからです。あくまで原則ですから、Dallapiccolaのような私の好きな作曲家は紹介するかもしれません。また、現代音楽でもポストモダン的なものは好きなので折りにふれ......。
もちろん私よりたくさん音楽を聞いている方はたくさんいるはずです。ぜひこのコーナーを利用して情報交換したいものです。
またCDやレコードNOはなるべく掲載します。輸入盤に関しては、BIELEFELDER(ドイツのCDカタログ)に則しますので、メーカー名はBIELEFELDERの巻末を参照してください。

/ A / B / C / D / E / F / G / H / I / J / K / L / M / N
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[ A ]

Akutagawa yasusi (芥川也寸志1925~)
交響管弦楽のための音楽(1950)FONTEC FOCD3208

なんだ!のっけから芥川さんかア.なんて声はないでしょうね。生前、音楽著作権協会の理事長とか日本作曲家協議会の委員長として色々お世話になりました。もう亡くなられて数年たちますが、BIELEFELDERに敬意を表して存命中にしました。
この曲は私が子供のとき何度かNHKで聴いた記憶のある懐かしい曲です。1950年くらいの日本のオーケストラの水準を考えると感慨深いものがあります。


Albert, Stephen (1941~1992) Flower of the Mountain,1985(ELEKTRA NONESUCH 9 79153-2)

単純だが美しい曲です。Lucy SheltonのSopもきれいです。
作者は日本では全く知られていないのに、92年に交通事故で死んだニュースがサンスポにまで載っていたのには驚きました。


Alfven, Hugo (1872~1960)
スウェーデン狂詩曲 No1 op19 <夏の夜の謝肉祭>1904 Jarvi/Stockholmer DC Bis CD 500 385

スウェーデンのヴァイオリニストで作曲家。<夏の夜の謝肉祭>は私が子供の頃よくラジオ放送で聴いた懐かしい曲だが最近は聴かなくなりました。しかしこの曲にそっくりな曲があります。NHKの<今日の料理>のテーマ曲です。>A HREF="wks.html#JOKE"><玉木宏樹の大冗談音楽会>CDのなかでパロディ化しています。


Arensky, Anton (1861~1906)
Pf Trio No1.op32(Fono Nx 8550 467 他、多数有)
チャイコフスキーの主題による変奏曲op35a(Hek Glo 6021)

ソ連の評論家アサフィエフの有名な著作<ロシア音楽の歴史>によるとアレンスキーは、単なるチャイコフスキーの亜流に過ぎず、小市民的で精気を欠き、サロン的センチメンタリズムにまみれ、雄大さに欠け、形式感も乏しいとサンザンに酷評されていますが、Pf Trio No1はどうしてどうして、すばらしく美しい、どこか懐かしい曲です。
<チャイコフスキーの主題による変奏曲>はもともと、VLN,VLA,2VCという変わった編成の弦楽四重奏曲の2楽章を後に弦楽合奏に編曲したものです。チャイコフスキーの主題はとても美しいメロディですが、ほとんど知られていません。もとは<A Legend>という子供用の歌です。私はアカペラ合唱に編曲したレコードをもっていますが、なかなかいいものです。


Arnold, Malcolm (1921~
交響曲No5 M, Arnold Birmingham So EMI CDC 7 49513 2

トランペット出身の作曲家。指揮者としての方が有名かも知れません。セミクラとかポップスとの掛け橋的な存在としていろんな編曲も手掛けています。ホフナン音楽祭にも登場しています。
映画「戦場に架ける橋」の作曲家でもあり、クワイ河マーチは有名。しかし、本人の弁によると、あの仕事は作曲に一週間しかかけなかった最悪の作品などと偽悪的な自慢をしています。
交響曲No5 はオーケストレーションが鮮やかで、ライト感覚あふれる交響曲です。


Atterberg, Kurt (1887~1974)
組曲 No3 op19(Clav 50-8507)
Sym No6 C op31, Dollar Sym. 広上淳一. Norrkoping SO(BIS-CD.553)

アッテルベリーと呼ぶようです。Bergmanもスウェーデンの映画監督はベルイマンと呼び、アメリカ人の女優はバーグマンと呼びます。
作者は長い間スウェーデンの音楽著作権協会のチェアマンを務めた人です。Sym No6 はアメリカのコロムビアレコードがシューベルトの死後100年を記念して未完成交響曲の続きを完成させるコンペを主催しましたが、企画が悪評を極め、新曲の募集に変更し、そこで優勝した曲です。アッテルベリーはその賞金でフォードを買ったという話で戦前によく演奏されたときには<ダラーシンフォニー>と呼ばれたそうです。


[ B ]

Bacewicz, Grazyna (1909~1969)
Divertimento for Strings 1965 (Olympia OCD 311)

ポーランドの女性作曲家です。女性とは思えない(失礼!)溌剌さです。


Barber, Samuel (1910~1981)
Knoxville Summer of1915 op24, Upshaw, Zinman (ELEKTRA/NONESUCH 9 79187-2)

バーバーはもちろん大メジャーな作曲家ですが、この曲はあまり知られていないようなので掲載しました。とても美しい曲です。
ところでバーバーがホモだったということを知っている人はあまりいないようです。パイザーの書いた、バーンスタインの伝記の中に出てきますが、バーバーは、イタリア系アメリカ人で、「電話」などで有名なオペラ作曲家のメノッティと同棲していたようです。またコープランドもホモだったのですが、自分の容姿に自信が持てず、いつもひがんで嫉妬深かったようです。


Beach, Amy (1867~1944)
作品集、NorthEastern. NR 9004-CD

アミー・ビーチもまた女性作曲家でアメリカ人です。最近すこし見直されてきたようで、交響曲なんかもCD化されています。


Beriot, Charles-Auguste de (1802~1880)
Vln Con No9 op104, 西崎崇子 MARCO POLO 8.220440

ベリオと読みますが、もちろん現代のルチアーノ・ベリオとは別人です。
ヴァイオリンを習ったことのある人ならば、ベリオのコンチェルトは練習曲としておなじみのはずです。また、ヴュータンの先生としても有名です。
シューマンは、その本のなかで、ベルリオーズを紹介しようとしたら誰も知らず、あの砂糖菓子のような甘ったるいベリオと間違われる、と書いているくらいですから、当時はさかんに演奏されたのでしょう。
たしかに、砂糖菓子のように甘ったるい曲です。


Bjornsson, Arni (1905~ )
Romanza op6, Romanza op14 for Vln, Orch (Chandos Chan9180)

珍しいアイスランドの作曲家。非常にロマンの香り高い小品。


Blacher, Boris (1903~1975)
Paganini Variation op26 1947 (AS370)

旧満州生まれのエストニア系ドイツ人。
日本ではほとんど演奏されないが、なかなか実力のある人。


Bloch, Ernest (1880~1959)
Concerto Grosso No1, 1925 (Mercury432 718-2)

スイス生まれでアメリカに帰化したユダヤ人。強烈なヘブライズムに裏打ちされた「シェロモ」は以前、よく演奏されましたが、段々過去の人になってきたようです。
イギリスの評論家、コリン・ウィルスンによれば、ものすごくシリアスで重厚な曲がある一方、とんでもなく下品な曲も平気で書く人で、なんだか信用がおけないそうですが、表題の曲はまちがいなくいい曲です。


[ C ]

C-Tedesco Vln Con No2 <予言者> op66 (EMI 567-754 296-2)

カステルヌオーヴォ=テデスコはイタリア系ユダヤ人で、ギター曲ばかりが有名ですが、作品は多岐に亘り、作品番号は210番台にまで達しています。このVln Con No2は ユダヤ人のハイフェッツが情熱的に紹介しています。


Canteloube (1879~1957)
オーヴェルニュの歌 (CBS/SONY 38DC 97) 他多数。

カントルーブはこの曲だけで有名なので、御存知の方も多いでしょう。私は7種類のCDを持ち、バイレロ(この曲集でもっとも有名な歌)狂いです。無人島に一枚だけCD を持っていくのなら、まちがいなくこの曲です。 私が追及してやまない、純正律の世界にも共通した下地があると思っています。


Carpenter, John Alden (1876~1951)
組曲「乳母車の冒険」(Mercury 434 319-2)

アメリカの良き時代を象徴する平和で穏やかな心暖まる曲です。赤ちゃんが、乳母車 から初めて触れる外の世界の描写です。


Casella, Alfred (1883~1947)
Paganiniana op65 (Sony CD 53 280)

カゼルラは近代イタリアの器楽作曲の中でもユニークな人です。ピアノとオーケストラのための「深夜に」という曲は、男女のセックスを描いたらしいのですが、まだ聴 いたことはありません。


Chaminade, Cecile (1857~1944)
Fl Concertino op107 (DC Bis CD 500 529)

シャミナードは女性でモシュコフスキーと義兄弟です。 Fl Concertinoは、フルー トの練習曲として有名です。別に大した曲ではないのですが、私はフェミニストなの です。


Chavez, Carlos (1899~1978)
Sym No2, Sinonia India (VOXBOX2" CDX 5061)

チャヴェスはメキシコ人です。<インディアンシンフォニー>は、非常にライトでラ テンのリズムあふれるわくわくする曲です。交響曲は長くていやだという人もご安心 。12分くらいの曲です。また、インディアの旋法は、日本にもよく似ています。


Coleridge-Taylor, Samuel (1875~1912)
Ballade a op33 for Orchestra (Argo 436 401-2)

コルリッジ=テイラーは、父がアフリカ黒人で、母が英国人の混血です。野性的な作 風と誤解している人もいるようですが、とんでもない! なぜこんな甘ったるく、や るせない曲が書けるのか、またどうして有名にならないのか......、まあ劇伴風であ るとは言えなくもありませんが。


Conus, Julius (1869~1942)
Vln Concerto (RDCD 10-010)

コニュスは大変不遇な人です。いやなに、その人の生涯のことではなく、名前のことなんですが。なぜなら、ロシアのキリル文字をローマ字になおすとき、独風にするか、仏風にするかで大混乱があるからです。そのせいで、彼は、以前、Koniusとドイツ表記されていましたが、(昭和30年版音友の音楽人名辞典もそうなっている)最近はConusとなってきました。これだけでも、音楽辞典を開くのに困難しますが、もうひとつ不幸が重なっています。それは、同姓の兄の作曲家Georgy Conus(1862~1933)と間違われることが多いのです。私は彼のVln Concertoを三枚持っていますが、正確なBIBLIOGRAPHYは一枚だけだと思います。Juliusはヴァイオリニストでした。大変美しい曲で、生前、ハイフェッツが好んで演奏した曲です。


Cui, Cesar (1835~1918)
組曲 No3 op43 for Orch (Marcopolo8.220308)

父がフランス人、母がリトアニア人だったキュイは、いわゆるロシア五人組の中では もっとも影の薄い人です。しかし生存中は、誰彼かまわず切って捨てるいやみで辛辣 な評論家として有名でした。余りにも敵を作り過ぎたため、晩年は悲惨だったようで す。しかしかれの作風は、評論とは反対に、サロン的なあまったるさとセンチメンタ リズムだけでなりたっているようです。組曲 No3 はそのエッセンスがよくわかる、 甘くてやるせない曲です。


[ D ]

Dallapiccola, Luigi (1904~1975)
Piccora Musica Notturna (NOはのちほど)

ダルラピッコラは一時大変有名な人でしたが、最近は演奏されることもなくなってきました。大変残念なことです。イタリア人のドデカフォニスト(十二音主義者)も珍しいのですが、それよりも、十二音でこんなにリリカルな曲も珍しいものです。なお表記の曲は、私もLPしか持っておりません。


Delius, Frederick (1865~1934)
歌劇<村のロメオとジュリエット>から<楽園への道>(Collins 13362)

ディーリアスはもちろん忘れられた人でもなく、一部に熱狂的なファンもいるようですが(私もその一人です)、それにしても日本の評価が低すぎるので、掲載しました。大体、日本人のクラシックファンはなぜか長ったらしい交響曲を聞くのが好きで(本当は自虐的なのかも知れない)組曲や小品を軽んじるという悪い傾向があります。表記の曲は、私が追及してやまない純正律の世界にも近いものがあり、非常に気持ち良い眠りに誘ってくれます。


Dello Joio, Norman (1913~ )
Symphonic Suite <Air Power> (Koch 3-7020-2)

デルロジョイオは大変多作な人ですが、日本ではほとんど知られていません。上記の曲は、アメリカのラジオ局が空軍の士気鼓舞のために、数人に作曲依頼したうちの一曲で、モロ、劇伴風です。どちらかというと、変な曲コーナーに行く曲かも知れません。


Doppler, Albert Franz (1821~1883)
森の小鳥 op21 (DC Bis CD 500 145)

ドップラーといえば、「ハンガリー田園幻想曲」ばかりが有名ですが、日本だけの現象のようです。冒頭のメロディが「笛吹き童子」に似ているかららしい。「森の小鳥」は独奏フルートとホルン四本という変わった編成で、ホルンが森を、フルートが小鳥を担当しています。私のCD「ピュアスケールによる理想的ストレス解消」の中にも収録しています。


Dotzauer, Friedrich (1783~1860)
Quintet, 2Vln, Vla, 2Vc, op134 (Sony CD64 307)

チェロ奏者には練習曲の作者としておなじみですが、他の人には全く縁のなかったドーツァウアーですが、最近、アンサンブル・ラルキブデリのCDが出ました。演奏がすばらしいせいか、とても気持ちいい曲です。


Dresher, Paul (1951~ )
Double Ikat (New Albion NA053CD)

アメリカのポストモダンの代表的一人です。学生時代にアメリカンガムランの影響も受けたドレッシャーの「ダブル・アイカット」はヴァイオリンとピアノ、鍵盤打楽器のための曲ですが、硬質なリリシズムが美しい曲です。


[ E ]

Ernst, Heinrich Wilhelm (1814~1865)
夏の名残のバラ変奏曲 (Sony CD 46 742)

エルンストは34歳年上の、あのパガニーニに挑戦して負けたことで有名なヴァイオリニストです。エルンストは、パガニーニの練習の秘密を探るために、あるときパガニーニの隣の部屋を借りて盗み聞きを試みましたが大失敗に終わりました。というのも、パガニーニはほとんど練習をしなかったからです。また、たまに練習をして難しい曲でつっかえても、2回目には完璧に奏きこなしたそうです。
エルンストは晩年になって若いヴィエニアフスキーと弦楽四重奏を組んでおり、二人の天才の橋渡しをした人でもあります。<夏の名残のバラ変奏曲>は<庭の千種>として有名なメロディをもとにした変奏曲ですが、彼の作曲した六つの練習曲の最後の曲で、パガニーニのカプリスよりも難しい曲です。ヴァイオリンはメロディ楽器なので、楽譜は一段で十分なのですが、この曲ではなんとピアノと同じように、2段譜が使われています。普通に奏く猛烈なアルペジオに乗って、左手のピチカートがメロディを弾く部分です。ヴィエニアフスキーは後に、自分の練習曲のなかで、ハイドンの「皇帝」による変奏曲を作りましたが、エルンストと全く同じ方法をとっています。両方とも難曲中の難曲です。


Eshpai, Andrei (1925~ )
Concerto Grosso (Russian Disc RD CD11 054)

エシュパイについては、ミャスコフスキーとハチャトゥリアンに師事したということ以外、私はほとんど知りません。表記の曲は、ジャズをうまく消化した非常にヴィヴィッドで洗練された曲です。エシュパイにしても、シチェドリンにしても、現代ロシア人のジャズの取り込み方は非常にきまじめで、ある種の好感がもてます。この曲と比較すると、バーンステインやグルダやミヨーのような方法は単なるウケ狙いのように思えるから不思議です。


Evangelista, Jose (1943~ )
O Bali (Salabert/Actuels SCD9102)

スペイン人なので、エヴァンヘリスタと読みます。英語ならば多分エヴァンジェリストだとすると、大変な名字です。もっとも私も昔、マックのエヴァンジェリストをやっていましたが......。
彼は私と同い年で(関係ないか)、スペインに生まれ、カナダに住んで、アメリカンガムランをやっている変な人ですが、曲は非常に繊細なガムラン風です。ポストモダンを代表する名曲でしょう。


[ F ]

Fibich, Zdenek (1850~1900)
牧歌<たそがれどきに>OP39(CD Noはのちほど)

フィビヒの「詩曲」はなぜか日本では演奏されませんが、欧米では大変ポピュラーで有名な美しい小曲です。ヴァイオリンやフルートに編曲されている原曲が、このオーケストラの曲です。


de Frumerie, Gunnar (1908~1987)
Pastral Suite, Fl & St, Harp op13B (DC Blu 500 019)

フルメリーはスウェーデンの人です。北欧の作曲家はグリーグを始めとして、抒情的 な小曲を書く人が多いのですが、この曲も典型的にささやかで美しい小品です。


Fuchs,Robert (1847~1927)
弦楽セレナード  op21 (Koch 316 039 F1)

フックスは「セレナード屋」とかげぐちをたたかれるほど弦楽セレナードを書きました。最近やつぎばやにフックスの作品が紹介されています。表記の曲はチャイコフスキーのそれと比べると実に軽いセレナード然とした曲です。


Fucik, Julius (1872~1916)
Einzug der Gladiatoren op68 (Orf C 147 861)

知ってる人にはどうってことないでしょうが、知らない人がこの曲を聞いたら、椅子から転げ落ちるほどびっくりされることだろうと思います。実はこの曲、ディズニーランドのテーマ曲と誤解されている向きがあるからです。もちろん、フチークがディズニーランドのために作曲したわけではありません。フチークはドボルザークの弟子ですが、マーチの作曲家に転向しました。


[ G ]

Gade, Niels Wilhelm (1817~1890)
序曲<オシアンの余韻>op1 Ossian-Ouverture (FMS KP 32 194)

デンマーク語はよみにくい。ガーデといったり、ガーゼといったり、ゲーゼといったりで、それだけでも、日本では有名になりにくいようです。ニールセンもニルソンらしいし、童話作家のアンデルセンはなんと、アナスンと発音するようです。

この曲は、19世紀なかごろにヨーロッパで流行ったメンデルスゾーン病に見事に感染しています。<フィンガルの洞窟>にそっくりです。アントン・ルビンシュタインの第二交響曲<太洋>を始めとして、メンデルスゾーン病にかかった曲は無数にあったようですが、今は全部忘れ去られました。見事なメンデルスゾーン病、一度聴いてみて下さい。


Ghedini, Giorgio Federico (1892~1963)
Partita per orchestra(CD Noは後日)

ゲディーニはイタリアの新古典派らしいと言う以外のことは知りません。しかしなかなかビビッドでナイスガイな曲です。


Ginastera, Alberto (1916~1983)
Harp Concerto (MP 510 058)

アルゼンチン人なのでヒナステラと読みます。結構有名だし、忘れられたわけでもありませんが、敢えて紹介します。ハープはギターと同じように非常に音量が小さく、フルオケ相手に協奏曲を書くのは大変なのですが、ヒナステラは一向にめげず、とても刺激的な曲を書きました。


Gimenez, Jeronimo (1854~1923)
El Baile de Luis Alonso, Intermedio (Ph442 781-2)

スペインにはサルスエラという独特のオペレッタがあります。とにかく陽気で屈託のない曲です。


Glazunov, Alexander (1865~1936)
Sym No4 op48 (Orf C148 201)

グラズノフはもちろん大巨匠で忘れられようもありません。しかし、生存中の巨人ぶりは見る影もありません。チャイコフスキーをしのぐ8曲の堂々たる交響曲も滅多に演奏されません。ある評論家によればグラズノフは交響曲にバレーを持ち込み、バレーに交響曲を持ち込んだとけだし名言を吐いています。神童ぶりを示す逸話もありますが、彼は40を境にぱたっと作曲をやめてしまいました。

一説には交響曲第九を書くのに恐怖を覚えたとか、音楽学校の校長の仕事に忙殺されたとか言われていますが、おそらく、スクリアビン、プロコフィエフ、ストラビンスキーらの急進的な作風についていけなくなったからじゃないかと思われます。そのあと彼は猛烈なアル中になりました。あのSF作家のH・G・ウェルズがグラズノフを訪ねたときの、その余りにも無残な姿を描写しています。パリで猛烈なホームシックに身を焦がしながら死にました。

ここでとっておきの話を披露しましょう。ボロディンのオペラ<イゴール公>はほとんど、ボロディンの作ではなく、R=コルサコフとグラズノフの合作だという話です。有名な、ダッタン人の踊りのメロディをアメリカのミュージカルで使ったときに、著作権の問題が持ち上がり、一体誰の作品なのかということで大もめにもめたそうです。今ではダッタン人はR=コルサコフ、序曲はグラズノフということになっているようです。この話はウニフェルザルのもと副社長の自伝に書いてあるから間違いないでしょう。

なぜこんなことになったのか....。
スターソフだったかサフォノフだったかは忘れたが、ドイツのワーグナーのような国民的オペラを企画し、唯一健康な貴族だったボロディンに白羽の矢を立てたのだが、ボロディンの筆は一向に進まず、未完成のまま、R=コルサコフとグラズノフが引き継いだということになっているのです。しかし、グラズノフの書いた序曲はしょうもない曲です。

SymのNo4はたいへんメランコリックで、形式も変わった独創的な曲です。


Gliere, Reinhold (1875~1956)
Coloratura Sop Con op82 (DECCA 430 006-2)

グリエールはベルギー系ウクライナ人でプロコフィエフの家庭教師だった人でもあります。1948年、ジュダーノフによる社会主義リアリズムの批判の嵐が吹き荒れたとき、グリエールは称賛され、それに引き替えという形で、プロコフィエフとショスタコが大非難の的にされました。そういうわけで、作風は保守的といえるのですが、それより以上に彼の本質的なリリシズムが共感を呼んだのでしょう。表記の曲も言葉のないソプラノとオーケストラの協奏曲ですが、たっぷりと作者のリリシズムにひたることができます。


Goldmark, Karl (1830~1915)
Vln Con op28 (EMI 567-747 846-2)

キンキラキンの名前にも拘らず、極貧のユダヤ人のうちにうまれました。有名だった歌劇<シバの女王>も上演されなくなりました。この協奏曲、絶対にヴィオッティの22番の協奏曲を下敷にしていると思うのですが、どうでしょうか。


Griffes, Charles (1884~1920)
<白孔雀>The White Peacock. Naxos8.559164

グリフィスかグリフェスか発音も定かではありませんが、音楽之友社の人名事典に従ってグリフスとしておきます。アメリカ人にしては珍しい印象主義風の作風で非常に繊細な人です。一時は日本でも「フビライの快楽宮」は演奏されましたが、最近ではさっぱりです。タイトル曲はメロディは定かではないけど、オーケストラのサウンドがとても美しいです。この CDの中のFlとオケのための「詩曲」はまたとても美しく深い曲です。早世が惜しまれる作曲家です。レーベルはNaxosなので、1000円以下で買えます。


[ H ]

Halvolsen, Johann (1964~1935)
バヤールの行進 、パッサカリア (vln vla)(DC Nkf550 013)

ハルヴォルセンは、グリーグ、シンディングに続く、とても才能豊かな作曲家でヴァイオリニストでしたが、辺境国には代表作曲家は一人でよいという西欧の偏見のためか、忘れ去られました。「バヤールの行進 」はオケの曲で、「パッサカリア」はヘンデルの主題によるヴァイオリンとヴィオラ用の変奏曲です。


Harrison, Lou (1917~ )
La koro Sutoro (New Albion NA015CD)

ルー・ハリスンはもちろん忘れられた人ではなく、アメリカ、ポストモダンを代表する現役バリバリの長老です。ただし、ファンはかなりマニアックな層に限られているようだし、もとより現代音楽なんて聴かない人には縁がなさそうなので、敢えて紹介します。彼も最初はいわゆるドテンバタンのあほらしい現代音楽を書いていたようですが、アメリカンガムラン運動を始めてからは全く作風の違う、非常にプリミティフで分かりやすい、ポストモダン風の作品に変わったようです。彼のピアノ協奏曲は、純正律音楽研究所でも紹介していますので、ここでは表記のCDをお薦めします。


早坂文雄 (1914~1955)
古代の舞曲他 (FONTEC FOCD3244)

非常に期待されながら夭逝した早坂文雄 は生きていれば戦後の日本楽壇を背負って行くはずの人でした。表記のCDには、黒沢明監督の映画「羅生門」の音楽も入っていますが、カンヌ映画祭で上映したとき、ラベルのボレロそっくりの音楽にフランス人が笑い転げたという話が伝わっています。たしかに、パロったとはいえないほど、生な模倣が聴かれます。「古代の舞曲」は良い曲です。


Hummperdinck, Engelbert (1854~1921)
St Quartett C (Ko 316 035)

フンパーディンクは、オペラ「ヘンゼルとグレーテル」ばかりが有名で、他の作品は一切忘れられています。しかし、こんな軽快な曲も残しているのです。


[ I ]

Ireland, John (1879~1962)
Vexilla Regis (Ko Ch 8879)

アイアランドはその独特の抒情性で、一度聴いたら熱狂的なファンになりやすいといわれている人です。幸か不幸かそれほど耳にする機会がないので、病人は増えないようです。


[ J ]

Jacobson, Julius
子犬のワルツ編曲、Sonata Serioso, Trombone, Pf (BIS-CD-318)

リンドベルイのTbnのCDに入っているだけで作曲家の詳しいことは分かりませんが、特に子犬のワルツの編曲を聴くとただものではなさそうです。伴奏ピアノのうまさからして、またコード進行の多彩さからして、恐らく現代スウェーデンの手だれの職人ということが想像できます。


[ K ]

Kalinnikov, Vasily (1866~1901)
Sym No1 ((Ko Ch 8611)

カリニコフは非常に期待されながら、若くして亡くなりました。この曲はしかし、ロシア人にしては珍しく軽快で、楽天的な美しさにあふれています。まるで、モーツァルトの再来のような、ビゼーのSymにも似ているような、グリンカの後継者のような、とにかく私の大好きな曲です。


Kalkbrenner, Friedrich (1786~1849)
Pf Con No1 op61 (VOX CDX 5064)

カルクブレンナーはショパンの先生と言われている人です。この曲でもショパンを思わせる装飾が随所に見られます。このCDでは度々の来日でおなじみの、ハンス・カン氏が演奏しています。


Kennan, Kent (1913~ )
Night Soliloquy (Ph 434 372-2)

この曲は以前、FLと弦楽四重奏に編曲して演奏したことがあります。現代では珍しい印象派風の作品です。


Korngold, Erich Wolfgang (1897~1957)
Vln Con op35 (EMI 567 747 846-2)

コルンゴールトは、名前にヴォルフガングが入っているため、モーツァルトの再来と騒がれた少年時代をすごしましたが、ナチを逃れ、アメリカに渡ってからは、ハリウッドの映画音楽作曲家になりました。この曲はそういった、多くの映画音楽のモティーフをもとに作られており、その気になって聴くと、リディアンやミクソリディアンといった、いかにもハリウッドスタイルのモードメロディにあふれた面白い曲です。


[ L ]

Lamarque-Pons, Jaures (1917~1982)
Concertino de invierno (CD-NOは後日)

これはギター協奏曲です。作曲家はウルグァイ人であること以外、私は知りません。日本では南米の作曲家としては、ヴィラ=ロボスとヒナステラ以外は全く無視しているようですが、この作品はなかなかヴィヴィッドで密度の高いものです。このCDには、ポンセとヴィラ=ロボスの協奏曲も入っています。


Larsson, Lars-Erik (1908~1986)
Sym No2 op17 (BIS-Cd-426)

スウェーデン人のラルソンはドイツでベルグに習ったと言われていますが、作風はまったく違い、結構プリミティフな北欧的ロマンの香り高い作品を残しています。Sym No2の特に2楽章のクラリネットの使い方には、そうだ、こういうふうなクラもあったんだと思わず懐かしくなるようないいフレーズ感が漂っています。


Lentz, Daniel (1942~ )
Song of Sirens(RZF 1008)

ダニエル・レンツはアメリカインディアンの血も受け継いでいるといわれています。歌声を彼独自のマルチトラック処理で実に不思議な音響空間を作りだす特異な才能の持ち主です。


Liadov, Anatole (1855~1914)
音楽玉手箱 op32、八つのロシア民謡op58(ASV CD DCA657)

粘着的、土着的、オーバーな悲壮感が特徴のようなロシア人作曲家のなかでは、リヤドフは異彩を放つ、西欧的スタイリストです。彼は大げさで長いだけの交響曲的作品を非常に嫌い、音楽は短ければ短いほど良いという持論のもと、細密画風で繊細な曲を数少なく残しました。表記の2曲は、彼の、スタイリスティックなオーケストレーションの特徴が非常によく表れています。

彼はなぜ長い曲を嫌ったのか? もちろん彼の趣味と主張が反映されているのは当たり前でしょうが、「あいつは単にカッコつけのなまけものなのだ」という陰口をたたかれていたのを、彼自身が証明してしまったできごとがありました。あのバレープロデューサーで有名なディアギレフは、最初「火の鳥」の作曲をリヤドフに頼んでいたのですが、いつまでたっても作曲してくれないのに心配したディアギレフは思いきって新進の作曲家ストラビンスキーを代役に抜擢し、結果、大成功を収めたのです。ストラビンスキーが有名になれたのも、リヤドフのなまけぐせのおかげだったと言えなくもないのです。


Lyapunov, Sergei (1859~1924)
練習曲集op11 (Marco Polo8.223491) Pf Con No2 op38(RD CD 11024)

リャプーノフは兄が数学者で弟が哲学者というインテリのうちに育ち、リャドフと仲がよかったせいか、リヤドフと負けず劣らず繊細で洗練された音楽スタイルを確立しました。しかしリャプーノフはリヤドフよりも常識人だったらしく、適当に長い曲も残しています。

練習曲集op11 は、リストの「超絶技巧練習曲」風を目標にした曲ですが、リャプーノフの華麗なピアノの名人芸ぶりがよくうかがえ、作曲の腕の冴えも眼がさめるほどめざましいものです。Pf Con No2は、決して派手な曲ではありませんが、淡くて奥の深い詩情には、胸打たれるものがあります。


Ligeti, Gyorgy (1923~ )
6Bagatells(CTA PD-1015)

リゲティはけっこう日本でもファンが多いようですが、私にはいまいち理解できません。ハンガリー動乱のときの亡命劇など、たしかに彼の軌跡にはたいへん興味と共感をおぼえますが、彼の音楽となると、なんか、信用したくなくなるほどシッチャカメッチャカな印象しかありません。じゃあ、なぜここに掲載したのか?それがこの曲なのです。木管五重奏の非常に聴きやすい名曲です。こんなにいい曲を書くリゲティをやっぱり信用してもいいかな......と思っています。


Lutoslawski, Witold (1913~1994)
Concerto for Orchestra (EMI 7243 5 65305 2 2)

私は彼の無調音楽は嫌いです。私自身が無調音楽を嫌いということではないんですよ。ペンデレッキと並ぶ、ポーランド現代音楽の巨匠ですが、日本ではまだまだでしょう。この人もリゲティと同じように信用できない部分もありそうですが、表記の曲は、たとえは悪いのを敢えて承知で言うなら、時代劇のバックなんかには、ミスマッチの快感を覚えるんじゃないでしょうか。


[ M ]

黛敏郎(1929~)
バレー<舞楽>(DENON COCO-6263)

黛氏は私が末席を汚している作曲家協議会の理事長であり、前JASRACの会長でもあり、あのお化け長寿番組の「題名のない音楽会」のホストで、私自身も今年の2月に出演させてもらい、たいへんお世話になりました。で、当然のごとく、忘れられた過去の人ではありません。しかし、表記の曲を知る人はそれほど多くないのではないでしょうか。どちらかというと退屈な部分が多いのですが、真ん中辺のホルンにはびっくりします。いつきいても、いまきいても、あしたきいてもびっくりします。

ところで、去年の年末の作曲家協議会の理事会に出席させてもらい、作曲家協議会のホームページをもってはどうかという提案をしました。そのとき、私自身は始めたばかりでしたが、すでにホームページをもっていました。クラシック関係の古手作曲家にとってはとんでもないハネアガリで理事の大半はどう反応したら良いのかわからないが、新しいことはやらないよりはやったほうがいいだろうという、消極的傍観論がほとんどだったのですが、みんなの意見がでたあとで、黛会長が、明確な反対意見を述べました。いわく、自分の情報を知られたくないという立場をとる人間にはインターネットなんか、なんの役にも立たないばかりか、かえって有害なときもある。インターネットを通じて自分のことを知ってもらいたいというのは、有名になれない(ひょっとしたら実力のないとうことかもしれない)人だけのための手段であって、他人からのアクセスを避けたい人種にとっては、インターネットなんて、いい迷惑以外のなにものでもない、という意見には、実に深く深く考えさせられました。全然有名じゃないのに、新しがり屋のハネアガリの私には実に耳の痛いことでした。

よく考えようよね!これは、インターネットに対する、ある意味では平衡感覚にあふれたまっとうな意見なのですよ。そう思いませんか?


Menotti, Gian Carlo (1911~ )
Errand in the Maze (KOCH 3-7051-2 HI)

前にバーバーのところでも書きましたが、メノッティとバーバーは同棲していたほどの仲でした。そう思って聴くと、なんとなく彼らの音楽に共通性を感ずるのは偏見でしょうか。

メノッティは、オペラ作家として大成功したのですが、器楽曲の分野にも進出したいと思いながら何曲か書きましたが、結局、器楽曲では成功しませんでした。しかし、はっきりいって、私は彼の器楽曲はどれをとっても好きです。彼の曲にはバスオスティナートの曲が多いのが原因かも知れません。私の作曲もどちらかというとワンコード、オスティナートが多いからです。


Miaskovsky, Nicolai (1881~1950)
抒情協奏曲op32-3(MELODIYA MCD177)

ミャスコフスキーは地味ですが、外国ではしっかり評価されている実力派の作曲家です。番号のついているだけで27曲もの交響曲を残しました。副題もなく、番号だけで27もあると、どれがどの曲か分からなくなるということもあるかも知れず、結局、日本ではほとんど知られていません。しかしかれの作曲は人にこびないロマンと抒情性にあふれ、緻密で豊かな曲ばかりで、どれをとっても駄作はひとつもありません。(おっとっとっと......そうもいいきれないか、私自身、CDでは彼の27曲中16曲しか持っていないし、スコアは1曲しかないのだから) 表記の曲を一度聴けば、彼の魅力はすぐ伝わります。豊かなロシアの森をほうふつとさせる木管の使い方にはしびれます。


[ N ]

Nielsen, Carl (1865~1931)
小組曲op1(ARGO 417 132-2)

ニールセンはもちろん忘れられた人ではありませんが、彼の栄えある作品1である「弦楽のための小組曲」はあまり演奏されることもないので、あえて紹介します。実はこの曲には私は強烈な思い出があります。この曲をNHKラジオ第二放送で初めて聴いたのは、中学の時ですから1958年ころです。あまりの曲の美しさは強烈に頭にこびりつき、うちが貧しくてレコードプレイヤーもないのにレコードを探し回りましたが、どこにもありませんでした。高校になってやっとレコードプレイヤーを買ってもらい、外国のレコードカタログにはあることを発見しても、当時の日本はよほどのことがないかぎり、国内のレコード産業育成のためという大義名分のもと、外国盤を輸入することはできなかったので、高嶺の花とあきらめていましたが、友達のお父さんのレコード屋に出入りするうち、本当にひょんなことから小組曲のレコードを手に入れることができました。

あるとき、長年アメリカに住んでいた人が、モノラル時代に収集したレコードを日本に持って帰ろうとしたところ、税関ではこんなに大量に持ってくるというのは商売抜きには考えられないとし、ジャケットを全部はぎとって、中身だけの持ち帰りしかゆるさなかったのです。持ち主は泣く泣く、SPの袋に詰め替えて持って帰ってきた大量のモノラル盤コレクションを、ステレオ時代の到来のため、処分する決意をし、そのレコード屋さんに委託して、中古販売した中に、この曲があったのです。夢かと思ったゴタイメーン!、本当にきれいな曲で、針がすりきれるほど聴きまくり、全楽章そらでうたえるほど頭にたたき込んだものでした。

その後、神戸の元町の古レコード屋で、ニールセンのFL とCLAの協奏曲をカップリングしたLPを見つけ、お金を貯めて買い求め、どきどきしながら聴いたときのあのどうにもいえない違和感と失望感は、いまでも鮮やかに思いだすことができます。成人してから、ニールセンのいろんな曲を聴きましたが、結局、作品1を継ぐようなモーツァルト的な作品はひとつもないと言うことを知り、作曲家の成長と変貌をかいま見た思いでした。小組曲は後年の作品とは違い、非常に明快で、美しいメロディにあふれ、素直で(ここだけが、後年とは違う)溌剌とした才気煥発さを充満させた名曲です。


Nietzsche, Friedrich (1844~1900)
ピアノ作品集(NPD 85513)

あの「ツァラトゥストゥラかく語りき」の原作者ニーチェは、学生時代、学者になるか作曲家になるか迷った時期があったほど音楽好き青年でした。結局学者として大成功し、若くして大学教授に抜擢されましたが、周りからは作曲家にならなくてよかったねと祝福されました。

ワーグナーの追っかけをやって、押し掛けては勝手に大ファンになり、ワーグナー讃美の「悲劇の誕生」で最大級に持ち上げながら、ワーグナーにとっては何が原因かわからぬまま、急激にアンチワーグナー派となり、教職も捨てて山にこもって世捨て人になったニーチェは、自分を無理矢理かりたててビゼーファンを装いましたが、初めて狂気の発作におそわれたとき、ピアノに向かって弾いていたのはワーグナーの曲でした。

そんな彼が音楽の夢断ち切れず書き集めた曲集のCDが最近売り出されています。暗くて重い曲ばかりですが、世捨て人のふんいきにみちあふれ、音楽で哲学する(本来そんなことは絶対ありえない)には、もってこいの曲ばかりです。


Novak, Vitezlav (1870~1949)
Slovak Suite op32 (Aur 34 020)

チェコ人のノヴァークは現代のチェコ楽壇には多大な影響を残した人ですが、作風は後期ロマン派、民族主義です。表題の組曲は上品で美しい曲です。


[ P ]

Palmgren, Selim (1878~1951)
Pf Con No1 op13, Pf Con No4 op85 Spring (Finlandia522102)

フィンランドの作曲家パルムグレンは、シベリウスより遅く生まれ、早く死にました。それでも73歳でした。北欧の人は実に長寿の人が多いようです。彼は、非常に繊細で美しいピアノ曲や合唱曲をたくさん残しています。このピアノ協奏曲もスケールは大きくありませんが、とても美しい上品な曲です。


Popov, Gavril (1904~1972)
Sym No6 op99, Chamber Sym op2 (OLYMPIA OCD588)

類いまれなる才能を持ちながら世渡りが下手なために悲劇的な人生を送った人は、ソ連にかなりいますが、なかでもポポフはモソロフとならび、悲惨な目にあい、ひどいアル中になってしまいました。それほど、スターリン政府の文化政策による、1948年の第二回目のジュダーノフ批判はソ連の作曲家たちに深刻な打撃を与えたようです。

このときは、ポポフを筆頭に、プロコフィエフ、ショスタコヴィッチ、ハチャトゥリアン、シェバーリン、カバレフスキー、と有名所は一網打尽、党の方針にさからった人間は、明け方に連行され、2度とその姿を見ることはなかったという恐怖政治にポポフは人格をずたずたにされ、アル中になってしまったのでした。

この批判のきっかけはムラデーリのオペラだとされていますが、多分、党の本音は、ショスタコの交響曲第九が気にくわなかったということにあったのではないかと私は思っています。ソ連は国をあげて、ショスタコの第九を待ち望んでいました。もちろん、ベートーベンを大いに意識していたからです。ところが初演された第九は、センスのない党幹部をあざわらうかのような、コミックなライトシンフォニーでした。また、党は、プロコフィエフも目の敵にしていたのですが、なにせ、亡命先から頭をさげて帰国してもらっていたものですから、なかなか表立って批判することは出来なかったのですが、ショスタコをやり玉にあげるとともに、プロコフィエフをやっと批判できたというわけで、本来なら批判の対象にならないような、ハチャトゥリアンやカバレフスキーまで、一蓮托生にしてしまったわけです。もちろん、ポポフは批判されても当然なほど、モダニズムの作曲家でしたから、犠牲の血祭りの正面に立たされたわけです。

ハチャトゥリアンやカバレフスキーは、ついでに名前を出されたようなもので、実害はありませんでしたが、IQがめちゃくちゃ高そうなショスタコは、変わり身はやく、あのどうしようもない「森の歌」でスターリン賞をもらって名誉回復し、プロコフィエフもまた交響曲第七番「青春」で、改悛した判事となってしまいました。

   ショスタコは、1934年の第一回批判のときも、いちはやく、第五で名誉回復していますから、実に世渡り上手ですが、どの程度のものなら党が認めるかということはちゃんと分かっていたわけですから、心底から反省したわけではなく、裏へまわって、舌を出していたのはミエミエで、そういうしたたかなところのなかった、ポポフやモソロフは、批判を正面から受け止めたために、悲惨なめにあってしまったわけです。


[ R ]

Raff, Joseph Joachim (1822~1862)
St Octet C op176(Koch Ch8790)

ラフは以前よく演奏されたヴァイオリンの<カヴァティーナ>もあまり耳にすることもなくなり、本当に忘れられた存在になっていますが、若いころはリストのアシスタントとしてオーケストラアレンジを担当し、その後は11曲の交響曲をはじめとしておびただしい作品を残し、大巨匠として有名でした。

生存中の名声と死後の評価の落差の大きい作曲家としては、ベートーベンよりも有名で実力者だったシュポーア、ベートーベンの生まれ変わりと自他共に認めた、アントン・ルビンシュテイン、そしてこのラフなどでしょう。ラフはメンデルスゾーンに認められて有名になった人ですから、表記の曲も多分、有名なメンデルスゾーンのOctetを目標にしたのかも知れませんが、単なる真似に終わらず、溌剌としたいい曲です。

私がパリに行ったとき、セーヌ河沿いの中古楽譜屋で、たくさんの忘れられた作曲家の楽譜を仕入れてきましたが、そのなかでもラフのVln Sonataは、実に堂々とした巨匠風の作品です。


Reinecke, Carl Heinrich Carstein (1824~1910)
Fl Sonata (Undine) op167

ライネッケは、ピアニスト、ハーピストには、カデンツァの作曲家として、フルーティストには表記の<ウンディーヌ>の作者としてしてしか認識されておらず、その他の楽器の人たちは名前すら知らない人がほとんどですが、生存中はライプチヒのゲバントハウスの重鎮として、ドイツでは大巨匠でした。しかし、長生きしすぎ、しかも最後まで現役でいましたから(84歳でFl Con op283を作曲している)、けむたがられてか、意識的に忘れられたようです。若いときにはシューマンの友人で、死ぬ間際には、シェーンべルク等の前衛作曲家が活躍する中で、メンデルスゾーンやシューマンまがいの曲を書き続けたのですから、時代感覚がズレていると思われても仕方なかったのでしょう。

チャイコフスキーが1887年から1888年にかけてライプチヒやベルリンに演奏旅行に行ったとき、ライプチヒでの、ライネッケの暖かいもてなしに感謝の言葉を綴っています。(新聞連載の日誌による)しかし、ライネッケの指揮したベートーベンの「運命」はテンポが遅すぎると文句をつけており、ライネッケの保守ぶりをちゃんと見抜いていました。表記の曲は「水の精」を意味するフルートソナタで、たいへん可憐な曲です。


Rheinberger, Josef Gabriel (1839~1901)
Org Con No1 (Bayer 100 074 CD)

リヒテンシュタイン生まれのラインベルガーはOrganの名手として有名ですが、日本では知られていません。私は個人的には、平均率のパイプオルガンは卒倒するほど嫌いなのですが、この曲はどことなく不器用に威張りくさっている様がおもしろく、オルガンの性格がよく表れています。


Rozsa,Miklos(1907~ )
Spellbound Con(残念ながらCDはなし)

ハンガリー生まれのロージャは後にハリウッド映画の作曲家として大活躍しました。「ベンハー」や「クオバディス」の音楽も彼ですが、表記の曲は、ヒッチコックの「白い恐怖」のメインテーマをピアノ協奏曲にした、非常に美しいものですが、残念ながらCDにはなっていないようです。


Rubinstein,Anton(1829~1894)
Pf Con No4 op70(MP 8223 456他多数あり)

ここのルビンシュテインはもちろん現代のピアニストとは別人で、19世紀を代表する偉大なピアニストで、リストとその名声をわけあい、ロシア系アーチストとしては、はじめてインターナショナルに有名になった人で、チャイコフスキーの先生でもありました。

彼の演奏は、嵐を呼ぶような怒涛ぶりで、多くの女性を失神させたと言われています。また彼の風貌から、ベートーベンの生まれ変わりとも噂されましたが、彼はそれを自分でも吹聴していたくらいの自信家でした。またものすごいエネルギーの持ち主で、1872年から73年のアメリカ演奏旅行では、一緒に連れていったヴィエニャフスキーとともに、239日の間に215回のコンサートをこなすといった超人ぶりを発揮しています。

また、彼の作曲も膨大なもので、歌劇「デーモン」をはじめ、チャイコフスキーよりも早く、6曲の交響曲をものにし、中でも第二番の「太洋」は、7楽章の雄大なもので、生きている間は、ヨーロッパでもよく演奏されたようです。この曲を聞けば、メンデルスゾーンからの影響は歴然としており、後のソ連の評論家アサフィエフには、思い付きは雄大なスケールを持ちながら、それをこなしていくだけの展開力を持たない、とサンザンにこきおろされていますが、たしかに彼の生存中は、そのピアノのうまさのために作曲の方も大目に見られていたふしはあります。せっかくの思い付きはいいのに、すぐに手抜きをしてしまうという残念な部分があるのは確かでしょう。それでも彼は、自分の作品は死後200年の間はすたれず、みんなに演奏されるだろうと豪語していましたが、すぐに、弟子のチャイコフスキーに追い越されてしまいました。

彼は5曲のピアノ協奏曲を残していますが、彼の華麗な演奏ぶりが忍ばれるような派手な曲ばかりです。特にこの4番は有名で、彼の死後にも辛うじて生き残った名曲です。チャイコフスキーの有名なピアノ協奏曲はルビンシュテインの怒りを買い、長い間初演もされませんでしたが、その理由が、ルビンシュテインのこの曲からアイデアを盗んだということでした。NHKのクラシック番組で時々、訳知り顔にこの曲の冒頭部とチャイコフスキーの冒頭部を並べてみせて、したり顔の評論家が何人かいましたが、みんな馬鹿です。なぜなら、チャイコフスキーが師匠のアイデアを盗んだのは、一楽章の再現部のところだからなのです。この曲は4/4で、チャイコフスキーは3/4の違いは明らかでメロディももちろんチャイコフスキーの方がよほど魅力的ですが、似ているのは隠しようもなく、しかも師匠の方はこらえにこらえた再現部なのに、チャイコフスキーは堂々と冒頭でやってしまい、しかもあのメロディは2度と出てこないのですから、師匠が怒るのも無理からぬ話ではあるわけです。

蛇足ですが、ガーシュウィンが作曲家になることに憧れたのは、ルビンシュテインの有名なピアノ小曲「ヘ調のメロディ」を聞いたせいだといわれています。大した曲だとは思えませんが、同じユダヤ系同士で触発されるものでもあったのでしょうか。


[ S ]

Scharwenka, Xaver (1850~1924)
Pf Con No1 cm op32 (Ina Col1263-2)

ポーランド系ドイツ人のシャルヴェンカは、すごいハンサムだったとライナーノー トに書かれていますが、私の持っているLPのジャケ写では、まるで、盲導犬養成所の 校長さんのような、厳格な感じのする人です。 そんなことはどうでもよいのですが、シャルヴェンカは、ベルリンに音楽学校を開 き、兄のフィリップとともに後進の育成に努めたと本には書かれていますが、今では 生存中のことは、全く忘れられています。

私の結構気になる忘れられた作曲家が、だいたい1850年前後生まれの人が多いこと に気が付いて、少し調べたところ、もののみごとにひとつの傾向が出てきました。それは、1845年生まれのフォーレを最後に、1860年のマーラーまでの15年間というもの 、プッチーニ、レオンカヴァレロ、といったオペラ作曲家を除き、めぼしい人は全く いません。わずかに、もうすこし長生きすれば巨匠になったかも知れないショーソン がいるくらいです。じゃあ、その間に天才はいなかったのかというと、決してそんな ことはありません。このシャルヴェンカをはじめ、ゴダール、フィビヒ、タネエフ、 リャドフ、リャプーノフ、シンディング、モシュコフスキー等、みんな、すごくいい曲を残しながら、討ち死にしてしまいました。 1840年代の前半生まれでは、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、グリーグ、リム スキー=コルサコフ、と錚々たる人達がいるわけで、どうやらそれらの直後の人達は 、どんないい曲を書いても、時代に合わせた傾向の作曲家は全部淘汰されたのかも知 れません。というのも、あの超個性的なヤナーチェクは1854年生まれで異彩を放って います。エルガーも1857年生まれですが、イギリスという、音楽後進国であったことを割り 引いたほうがいいでしょう。

シャルヴェンカの表記の曲は、当たり前の3楽章の協奏曲なのですが、まんなかの2 楽章がスケルツォでテンポ早く、ゆっくりした楽章はありません。テーマはそれぞれ すこぶるヴィヴィッドで、目覚ましい曲です。


Schureker, Franz (1878~1934)
Valse Lente (Schwann CD 11618)

シュレーカーの門下からは、微分音で有名なアロイス・ハーバをはじめ、前衛的な作曲家が多数出ていますが、本人は別に前衛ではなく、ややエロチックなオペラで 人気をとった作曲家です。「ヴァルス・レンテ」は、最近初演された、小オケのための小品ですが、シュレーカーの上品なエロティシズムの一端がうかがえるような名曲です。


Schoeck, Otmar (1886~1957)
Serenade op1(Ina Nov150 070-2), Sommmernacht (夏の夜) op58 (Ina Nov 150 106-2)

歌曲ばかりが有名なシェックですが、器楽曲もこのように美しいものです。


Scott, Cyril (1879~1970)
2Passacaglias, Irish Theme(MarcoPolo8.223485)

シリル・スコットはイギリス人ですが、人生の後半が神秘主義に走ったせいか、まじめにとりあげられない、一種のなぞの人です。 この曲は、日本の民謡にも通ずるようなプリミティフな五音音階のメロディに、見事に色彩感あふれるコードを付け、鮮やかなオーケストレーションで仕上げたなかな か憎いものです。コード・プログレッシヴのフュージョン系を目指す人達には大いに刺激を与えるだろうと思われる曲です。


Sinding,Christian(1856~1941)
SerenadeNo2 for 2Violins & Pf op92(NKFCD 50015-2)
Suite For Vl & Orch op10(EMI CDC7 47167 2)

 シンディングはスヴェンゼン、グリーグに続く、ノルウェイの作曲家で政府から終身年金を与え られたほど、生存中は有名でした。もっとも、今でも「春のささやき」というピアノ小曲だけは親しまれていますが、4曲の交響曲、2曲のヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲、一曲のオペラ等、大きい作品は一切忘れられています。
 私がシンディングの名を知ったのは高校の時、大阪の楽譜書店「ササヤ」で、ヴァイオリンとピアノの「ロマンス」を発見したのが最初でした。そのきっかけは、フレッシュの「ヴァイオリン奏法」という本の中に忘れられた作曲家のいろんな作品紹介の中に、シンディングの作品がかなり紹介されていたということでした。初めて東独ペータース版の「ロマンス」の譜面を見た私は凍り付くほどの戦慄をおぼえ、それからは、手に入る限り注文を出し、多数の、シンディングの作品を手に入れることが出来ました。彼は、はじめはペータースで、後はブライトコプフという大出版社がついていましたから、当時は文字通りの大作曲家だったわけです。
 彼の作風は今から見れば、ただの後期ロマン派のように見えますが、徹底した激しいハーモニー変化とエンハルモニック転調は、調性をぎりぎりまで追い詰めたものだといえます。1888年にライプツィヒで初演されたピアノ五重奏曲は、その激しい転調と、禁則を破る並行五度の多用のため、初演に同席したチャイコフスキーが怒って途中退席したと伝えられています。
 作風は全く違いますが、ディーリアスと親友でした。ディーリアスの「春初めてカッコーを聴いて」は、シンディングの影響のせいか、ノルウェイ民謡を素材にしています。
 シンディングについては、書きたいことは山ほどあるのですが、えこひいきになってもなんですので、このへんで。


Sjogren,Emil(1853~1918)
Vln sonata No1 op19、  ドニーの肖像(私の子犬)(Con SCD 1028)

 スウェーデンの作曲家は日本ではほとんど知られていません。シンディングと同時代に活躍したショーグレンは、規模の大きな曲は残していませんが、ピアノ曲、歌曲、室内楽に、抒情味あふれる小品を残しています。


Stanford,Sir Charles Villiers(1852~1924)
アイルランド狂詩曲No1 op78(Chandos 1316A)

 スタンフォードは同時代のエルガーにくらべ、不当に低く評価されていますが、アイルランド人であることが影響しているのでしょうか。ブラームスをチャーミングにしたような書法です。交響曲もたくさんあるのですが、表記の曲は、ロンドンデリーの歌を編曲したものですが、その編曲ぶりのオズオズさが大変面白く、いなかっぺの味わいがよく出ています。どちらかといえば、「変な曲」の方に入れたほうがいいのかもしれません。
 彼のハ短調のピアノ協奏曲の出だしは、なぜか、ラフマニノフの協奏曲にそっくりです。ただし、ラフマニノフより先の作品です。


Stenhammar,Wilhelm(1871~1927)
Sym No2 op34(DC Bis CD500 310)

 ステンハマーは、一応、スェーデン近代を代表する作曲家ということになっていますが、日本ではぜんぜん知られていません。生前、北欧の音楽家が集まった時の写真がありますが、群を抜いて品格の有る、貴族的な風貌です。それにくらべ、シベリウスのなんという田舎クサじじいめ!(私は、暗くて鈍臭いシベリウスはあまり好きではありません)


Still,William Grant(1895~1978)
Sym No1,(Chandos CHAN 9154)

 スティルは、黒人で交響曲を書いた先駆者として有名です。私は、彼の編曲した黒人霊歌<時には母のない子のように>が大好きでよく聴いていたのですが、E-MAILで交響曲をすすめられ聴いてみると、非常に洗練されていることに改めて驚きました。特に冒頭部のホルンの吹くコードは今で言えば、フラット10thにあたる、R&Bコードです。


Svendsen,Johan(1940~1911)
Sym No2 op15(DC Bis 500 347)

 スヴェンゼンはノルウェイの人、またしても北欧の人です。私はよほど北欧が好きなのだとあらためて認識しました。彼はヴァイオリニストとしても有名で、ヴァイオリンとオーケストラのためのロマンスもいい曲です。


[ T ]

Taneyev,Sergei(1856~1915)
Suite de Concert op28 For Violin and Orchestra(Proarte CDD302)

 セルゲイ・タネイェフは、チャイコフスキーの弟子でありながら、大の親友でした 。チャイコフスキーがホモだったのは有名な話ですから、彼もそうだったのかも知れ ません。それはさておき、彼の作風は、チャイコフスキーよりももっと、西欧的、ポ リフォニカルでかなり厳格な作風です。しかし作品がまじめ臭いばかりかというとそ んなことはなく、もっと演奏されてしかるべき作曲家のひとりです。ラフマニノフを はじめとして、たくさんの有名な作曲家の先生でもありました。
 ここでひとこと御注意を。最近、タネイェフのCDは結構出回っていますが、もうひ とりアレクサンドルという叔父さんのCDもありますのでお間違えのないように。こち らは本当にしょうもない作曲家です。


Tcherepnin,Nicolai(1873~1945)
Le Pavilon d'Armide バレー組曲「アルメダの館」op29(Marco Polo 8223 779)

 ここで紹介するチェレプニンは、息子のアレクサンドルではなく、父親の方です。 繊細できれいな曲ですが、歴史の重圧に埋もれてしまったようです。


Thommessen,Olav Anton(1946~ )
From Above(aurora ACD 4927)

 多分、トメッセンとでも読むのでしょうが、ノルウェイの現代の作曲家です。この 曲以外にも何枚かCDが出ていますが、これ以外はつまらない旧式現代音楽風のものば かりです。
この曲は、シンセサイザーとオーケストラのための協奏曲と言う副題がついています 。作曲家は、映画音楽なんかでも活躍しているらしく、そういう面も多少は反映して いるような、痛快な曲です。しかし、メロディっぽいものとか、アクションもの風と は全く違います。シンセサイザーのこんな使い方もあったのかと、打ちのめされてし まうような、途方もない使い方をしています。特に後半のトーキングマシン風のシン セサイザーとオーケストラの対話は、実に卑猥な連想まで誘うほどの、笑っちゃう曲 です。


Tubin,Eduard,1905~1982
Toccata(BIS-CD-227)

 最近、バルト三国の作曲家がたくさん紹介されていますが、このトゥービンは、エ ストニアの人です。このトッカータは、時代劇に合うような、面白い曲です。


[ V ]

Vieuxtemps,Henri(1820~1881)
Vln Con No4 op31(EMI 555-764 251-2)

 アンリ・ヴュータンはベリオに学んだベルギーの大ヴァイオリニストで、素晴らしい作曲もたくさん残しています。ベルギーの国歌も彼の曲が使われていたそうです。ただし、今の曲がそうなのかどうかは不勉強でわかりません。また、近代ヴァイオリンニストの代表、イザイに深く影響を与えたことでも知られています。
 彼の遺作を含め、七つあるヴァイオリン協奏曲のうち、なぜか五番目の曲ばかりが 有名ですが、ヴァイオリニストのはしくれでもある私からみても、絶対に四番の方が 、音楽的構成のユニークさにおいても、オーケストレーションの素晴らしさにおいて も(特に2楽章の美しさは絶品)、優れています。今のところ、表記のCDしかなく、 これは、SP時代のハイフェッツの復刻版です。それはそれで、私もハイフェッツの 大ファンだから良いとしても、残念ながら割愛している所が多く、録音も最悪です。 いまに、別の版がでるとは思いますが フランチェスカッティの録音した、LP盤は 素晴らしい演奏です。
 CDの種類の多い五番はどうしても好きになれません。特にヴァイオリンソロの出 だしは、ゴールドマルクの協奏曲のカデンツァと全く同じという、クリシェなのは特 に頂けません。
 もっとも、私が好きになれない最大の理由は、芸大受験の課題曲だったせいかも知 れませんが......。


Viotti,Giovanni Battista(1755~1824)
Vln Con No22(CPO 999 324-2)

 ヴィオッティはちょうど、モーツァルト時代からベートーベン時代に活躍したヴァ イオリニストで、29曲ものヴァイオリン協奏曲を残しています。中でもこの22番は優雅で美しい曲で、後世の音楽家にも多大な影響を与えました。ゴールドマルクの協奏曲は明らかにこの曲を下敷きにしていますし、あのブラームスは、この曲を誉めちぎっています。


[ W ]

Wagenaar,Johan(1862~1941)
序曲<じゃじゃ馬馴らし>op25(DEC 425 833-2 IMS)

 ワーヘナールは別にたいした作曲家でもありませんが、滅多にお目にかからないオ ランダの作曲家なので紹介しておきます。いまではアメリカにわたった彼の息子の方 が有名なようです。
 表記の曲は、思わず笑ってしまうほど、R・シュトラウスのNGのような曲です。


Walton,Sir William(1902~1983)
Sym No1(CDは多数あり)

 ウォルトンは有名だし、忘れられているわけはありません。しかし私はこの曲が大 好きなので、あえて入れておきます。ひとつには、ウォルトンといういかめしい名前 からも、サー・ウィリアムという称号があることからも、また英国王室に関する曲が 多いことからも、私は長い間彼を、上流階級生まれのエグゼの作曲家だと勘違いして いました。実は、最貧階級の出で若いころは怖いもの知らずの前衛的、実験的な作曲 家として名前を馳せ、文学界でいう<怒れる若者>のグループでした。そう思って聴 くと、この曲は全編に亘って、物すごい怒りと憎悪のエネルギーに満ちあふれています。


Warlock,Peter(1894~1986)
Capriol-Suite(多数あり)

 ウォーロックはペンネームで、本名はヘゼルタインといいます。ディーリアスに傾 倒し、その影響力から逃れるため、ウォーロックというペンネームを使ったのですが 、それでもディーリアスの重圧には勝てず、自殺してしまいました。表記の曲はそん な苦悩とは関係のなさそうな新古典の曲です。


Wiren,Dag(1905~1986)
Serenade,op11(DISCOFIL SCD 1035)

 ダグ・ヴィレンはまた北欧のスウェーデンの人です。かれは難解な現代音楽を嫌い 、クラシックとしては、人に喜んでもらえることを目標にし、成功したのがこの曲で す。戦前は大いに演奏されBBCのクラシック番組のテーマにも使われました。全くと 言っていいほど屈託のないハッピーな曲です。


[ Y ]

Ysaye,Eugene(1858~1931)
6Solo Vln Sonatas,op28(Vox Box CDX5115他多数)

 イザイの演奏ぶりは、SP復刻のメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の3楽章 をきけば、腰を抜かすほどの鬼才ぶりです。作曲ではこの作品をはじめ、ヴァイオリ ニストにしては珍しく、ホールトーンスケールによる印象派的な書法が得意です。ヴ ァイオリンの調弦はホールトーンには向いていないので、近代の名曲が少ないのです。


矢代秋雄(1929~1976)
交響的作品(Fontec FOCD3161)

 心臓発作のため40代で亡くなりました。本当に日本にとって大損失だったと思いま す。私が在学中、少しだけ話をしてもらったことも有りました。  悠揚迫らずスケールの大きな美しさにあふれた名曲です。


[ Z ]

Zarebsky,Juliusz(1854~1885)
Pf Quar op34(Olympia,ocd383)

 ザレンプスキーと読むそうです。どうもポーランド人の名前は読みにくい。  この曲は特に3楽章が個性的です。

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 3月から続けてきたこのシリーズもとりあえず、これで小休止させていただきます。
途中で何人かE-Mailを頂きありがとうございました。選ぶ基準についての質問もあり ましたが、まずは、私自身が何度もききなおした曲ということが、最大理由です。自 分が気に入らないのに、ただたんにこんな作曲家がいるよと発掘だけ自慢してもしよ うがありませんからね。
 でも私の知らない作曲家を教えて下さったかたがた、ありがとうございました。連 載中にも新たな発掘はありました。少しずつためて、いつかまた補充する予定です。

   どんなことでも結構です。E-MAILお待ちしています。


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